自由な立場で意見表明を
先見創意の会

個人情報の推移

大橋照子 (NPO「日本スピーチ・話し方協会」代表 ・フリーアナウンサー)

パソコンの普及は、私たちの生活様式をあちこちで根底からひっくり返した。

今や情報や気持ちの伝達は、パソコン・スマホが1台あれば地球の裏側にだって一瞬でできる。郵便や電話しかなかった時代には、そんなことは想像もできなかった。

人のうわさ話も(悪口だって)、以前は2~3人だけでコソコソ話して終わりだったのに、今では一度に何百人もの仲間に広がってしまうのだ。なんと恐ろしい時代かと思う。

さて振り返ってみれば、私が1980年代の「深夜放送」や「ディスクジョッキー番組」のブームに乗ってラジオで番組を毎日放送していた頃、リスナーの皆さんからの投稿は、はがきがほとんどだった。毎日、段ボール箱いっぱいに届く投書をワクワクしながら読む。あの頃は皆さん本名を書いていて、住所も年齢も、どこの学校に通っていて、兄弟は何人いて、受験を控えているとか、家族の誰かが病気だとか、失恋したとか、宿題をしていない、遅刻をしたなど、個人的なことを私は全部知ることができた。さらに直筆なので筆跡も覚えていて、名前をたまに書き忘れていてもどこの誰のはがきかすぐに分かった。遠くから東京のスタジオに遊びに来てくれたら「あ~、鹿児島県の〇〇君、いらっしゃい! 受験ですね。頑張って!」と声をかけることができた。そのリスナーの皆さんが今、もう社会人になって、定年を迎えたり、ご両親の介護をされたりしていて、今もお付き合いがある方も多い。あの頃の「はがき文化の遺産」だ。ありがたくて、今も番組を通して大切にお付き合いをさせていただいている。

さらに、40年前の番組宛てのお便りにはこんなのもあった。
「高校の授業の合間に、番組の会報を作りました。ご希望の人は僕宛てに郵便小為替を〇〇円分送ってください。宛先は、〇〇県〇〇市△△町3-5-15番地 田中〇夫、電話番号は、×××-***-〇〇〇〇です」
これを私は番組で読んでいた。個人情報なんてなかった。あったのだろうが誰も気にしていなかった。公共の電波で、リスナーの人の住所・電話番号を読み上げるなんて今ではとても考えられない。でも、これで何のトラブルもなかったし、リスナー同士が仲良くなって、旅行に行くと相手の家に泊まったりしていたのだ。その友情が今でもつながっているというから驚く。

そのころは、「電話帳」に全国の世帯主のフルネーム、電話番号、住所が書いてあったし、小・中・高校の「名簿」には、保護者の名前と連絡先がすべて書いてあった。

今思えば、それらを使って悪いことをする人がほとんどいなかった。だから怖いとも思わなかった。きっとその頃の悪い人たちは、暴力に訴えればお金が手に入ったのだろう。

それが次第に、電話を使っての詐欺がはやり始めた。「オレ、オレ」と身内を装ってお金を振り込ませる詐欺が始まったのが1999年頃からで、2003年に犯人を検挙した鳥取県米子署が、これを「オレオレ詐欺」と命名したのだそうだ。

その後、電話で「オレ、オレ」と騙すだけではなくて、電話やはがきなどの文書などで相手をだまし、金銭の振り込みを要求する犯罪が増えだして、2004年に警察庁が「振り込め詐欺」と命名した。

「個人情報」が大量に出回っても何も起きなかったあの平和な頃から一転して、情報が何十億円の被害という詐欺の温床になってしまった今、極端に「個人情報」の流出を警戒している。

現在、私たちの番組も、ホームページの「投稿フォーム」からお便りを送っていただくのだが、驚くことに「お名前」の欄に「本名を書かないでください」と書いてある。もちろん都道府県や年齢を書く欄もない。私たちは番組で投稿を読みながら、姿の見えない雲のようなリスナーに語りかけるのだ。

40年前の「はがき文化の遺産」であるリスナーの皆さんとのつながりで、今年もみんなで「お花見」をしたし、また、5月5日には番組の同窓会の公開録音をする。当時の中学・高校生だったリスナーの皆さんが、立派な大人になって集合してくださる予定だ。
ヤロメロ46周年、ラジアメ42周年同窓会イベント

「個人情報」無視で出来上がったありがたいつながりに、心から感謝している。

2023.04.04