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発想の転換なしには守れない-日本の安全保障

榊原智 (産経新聞 論説委員長)

「戦後平和主義」の実践方法が間違っていたことが、いくつも明らかになっている。そのうち、「集団的自衛権」と「防衛装備の海外移転」について指摘してみたい。

安倍晋三政権は、憲法解釈の変更と安全保障関連法(平和安全法制)の制定によって、集団的自衛権の限定行使に道を開いた。これに対して、日本共産党と社民党、民主党などの左派野党が集団的自衛権の行使は憲法違反に当たるとして猛反対した。

彼らは、日本の国防には集団的自衛権の行使は必要ないという立場でもあった。今も共産党がその立場を固守しているのは言わずもがな、民主党の系譜をひく立憲民主党がこの点について共産と方針を異にしているとは寡聞にして知らない。

ロシアのウクライナ侵略が続いている。

ロシアと1300キロにわたって国境を接するフィンランドやロシア領の飛び地カリーニングラードとバルト海を挟んで向き合うスウェーデンは、自国の安全保障に強い危機感を持った。国連安全保障理事会常任理事国のロシアが独立主権国家ウクライナを大兵でもって侵略しているのだから、ロシアの好戦性と危険性を憂うるのは当然だろう。

フィンランドとスウェーデンは、東西冷戦期から中立政策を長くとってきた。それが今回のウクライナ侵略をみて転換し、北大西洋条約機構(NATO)に加盟申請した。フィンランドの加盟はすでに実現し、加盟国トルコの反対で停滞していたスウェーデンの加盟も実現に向けて動き始めている。

フィンランドの加盟実現時、同国民は大きな安心感を得たと報じられた。

この安心感の源こそが「集団的自衛権」なのである。

NATOは、一加盟国への武力攻撃を全ての加盟国への攻撃とみなして共同防衛する。これが集団的自衛権の行使、である。このような態勢をとって、侵略されることを防ぐ抑止力と、侵略された場合の対処力を高めている。

安保関連法の制定に猛反対した日本のメディアは、フィンランドやスウェーデンの「NATO加盟」の意味合いを、丁寧に日本国民に説明し、安保関連法制定に対する自らの態度を顧みるべきだったが、そのようなことはほとんど行わなかった。

日本共産党の志位和夫委員長でも、立憲民主党の泉健太代表でも、安保関連法に反対した「有識者」でもいい。彼らがフィンランドを訪問し、「私たちは集団的自衛権の行使は日本の憲法に反すると考えているので認めていません。あなたたちも日本の『平和憲法』を見倣って個別的自衛権だけで国を守ったらどうか」と説き、NATO脱退を勧めたらどうなるだろう。「ロシアのプーチン大統領の回し者か」と思われるかもしれない。

これからの日本の安全保障論議は、「集団的自衛権」の是非ではなく、その行使は国民を守る手段の1つであるという前提で論じられるようになるのが望ましい。

もう一つは、「防衛装備品の海外移転」のあり方だ。

自民、公明の与党は今、輸出ルールの見直しを協議している。焦点は、現在は認められていない殺傷能力のある防衛装備品の輸出を認めるかどうか、認めるならどこまで認めるか、だ。

ロシアによるウクライナ侵略に憤った欧米諸国はウクライナへ戦車や火砲、対戦車ミサイル、地対空ミサイル、砲弾類、ドローンなどを供与している。

日本は現行の防衛装備移転三原則の範囲内で、自衛隊仕様の小型トラックや高機動車、ヘルメット、防弾チョッキ、防護マスク、非常用糧食、小型ドローンなどを供与した。日本もウクライナから感謝されてはいるが、殺傷能力のある装備の移転を自ら禁じているのはおかしい。

もしも欧米諸国が日本と同様の態度をとれば、ウクライナは侵略者に抗戦する術がなかった。ウクライナは侵略者ロシアに征服され、キーウ近郊の町ブチャでのような虐殺があっても抵抗できなかったろう。独立を失うか、傀儡政権を建てられ、国土の多く、人口の相当数、そして誇りと自由をロシアに奪われたはずである。

日本は、世界の主要国が日本を真似れば侵略された国を奈落の底へ突き落とすような冷酷な政策をとっているということだ。

にもかかわらず、殺傷力のある防衛装備品を一切輸出しないことが平和の道、平和国家のとるべき道、という誤った認識が今でもまかり通っている。日本人はもう少し世界の現実を直視したほうがよい。

中国や北朝鮮の脅威が増していることから、日本自身が防衛力の増強中だ。このため、許されるとしても輸出できる防衛装備の量には限りがある。そうであっても、防衛装備移転の制約の緩和を実現し、侵略者撃退のための殺傷力のある装備の供与も政策の選択肢に入れられるようにするのが望ましい。

もし侵略されれば日本も諸外国から殺傷力のある武器の提供を望む場合があるかもしれない。「情けは人のためならず」という言葉を思い起こすべきである。

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榊原 智(産経新聞 論説委員長)

◇◇榊原智氏の掲載済コラム◇◇
◆「岸田首相は核抑止重視する尹大統領を手本にせよ」【2023.5.9掲載】
◆「汝平和を欲さば、戦への備えをせよ」【2023.1.17掲載】
◆「防衛力の抜本的強化こそが平和を守る道」【2022.9.6掲載】

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2023.08.29