マイナンバーカード騒動に思う
佐藤敏信 (久留米大学教授・医学博士)
根底にある問題
健康保険証と一体化した「マイナ保険証」に別人の情報が紐付けされた人為的ミスが発覚(※注1)したとのことで、岸田総理までがその収拾に乗り出す事態にまでなっているという。不勉強なマスコミは、政権を攻撃する格好の機会と捉えて、あれこれと批判しているが、問題はどうもそこではないように思う。
第一は、マイナンバーカード の導入(※注2)が、国民や患者さんの利便性の向上からスタートしていないことだろう。それもそのはずで、今の政府は表立っては言わないが、真の目的は国民それぞれの所得の捕捉にあったからだ。もちろん、アメリカの社会保険番号に倣うとの意味づけも副次的にはあったろう。今般の健康保険証との一体化の話は、現行の保険証に成り代わって本人確認ができて、その結果、不正な保険証の使用が防止できるということなのだろう。もちろん、これはいいことなのだが、あくまで行政側の都合である。
第二は、一でも述べたように国民や患者さんの利便性の向上からスタートしていないので、一連の手続きをマイナンバーカードで完結させようという思想が感じられないことだ。医療機関受診の際に、現行の保険証ではなくマイナンバーカードを持参したとしても、それぞれの病院ごとに受診券は必要だし、財布もクレジットカードも必要だ。マイナンバーカードやこれを実装したスマホで全てが完結するというのなら、それなりに歓迎されたかもしれない。そうではないのだから、全くメリットが感じられない。
私自身、とっくにマイナンバーカードをスマホに実装し、もちろん健康保険証情報も格納(※注3)しているが、種々のサービスを利用しようとしてもスマホでは完結しない。必ずマイナンバーカードをかざし、NFCで読み取らせる手間が必要だ(※注4)。要するに、実装したところで内容が確認できるだけで手間は変わらない。これが、少し前のこのコラムでも触れたpaypay銀行であればスマホで完結するので、キャッシュカードを持ち運び、さらには置き忘れるという恐怖もない。
第三は、本人確認の手段としての、戸籍謄本の提出や印鑑証明、実印押印の原則廃止の方針がないまま、「住民票や戸籍謄本が、コンビニエンスストアで取得できて便利ですよ」と宣伝したことにある。そもそもそれらを取得して提出させることそれ自体が無駄で非効率だという視点が全くない。自署、押印、そのための各種証明書の紙による提出は「全て悪」で、本人確認は(しばらくは併存するものの将来的には全て)マイナンバーカードでということを政府としてはっきり打ち出すべきだったのだ。
このように、本人確認の手段を大胆に見直し、その代替としてのマイナンバーカードという発想がない限り、その将来も暗いと言わざるを得ない。
目視による手入力
それにしても、今回、誤入力とされた事例で、健康保険証との紐付けを「手入力」していたというのにも驚かされる。私は、タクシーに乗る場合、日本交通が主導するGOのタクシーを利用している。そのグループ会社のタクシーを利用した場合の支払いは、タクシーの助手席背面にあるディスプレイに表示されるQRコードをスマホで読み取ることで、紐付けされたクレジットカードから引き落とされる仕組みになっている。この、紐付けしたいクレジットカードを初めて登録するときや、既に登録済みのカードを別のカードに変更したいときの操作だが、普通ならスマホをタッチしてカード番号を打ち込むと思うだろう。しかし、GOの場合、アプリ上で操作しているとクレジットカードをスキャンさせる画面が出てくる。するとスマホのアウトカメラが勝手に起動して手元のクレジットカードの番号を読み取る。一瞬で終了する。
To err is human
そもそも人間は間違う。年をとると老眼も進む。こういう場面の間違いのほとんどは、目視で数字や漢字を確認し、それをタイピングするところで発生する。したがって、その工程を無くせばいいのだ。日本人は、人間が間違うものだという事実を受け入れず、それを何とか細心の注意で乗り越えさせようとする。すると緊張感を伴う。そして一定の確率で間違う。
それにしても、民間企業ができているこんな簡単な仕組みをなぜ参考にしないのか。日本人の几帳面な性格を考えると、スキャンでも誤入力があるだろうと言うのかもしれないが、まずはスキャンで読み取り、目視で確認し、必要に応じて手で修正するというだけでもずいぶんと誤入力は減るはずだ。
自署、押印、紙による提出は悪
先ほども書いたが、政府は、「本人確認も含めて紙の文書の提出を原則とし、人間の注意力でもって処理するという前近代的なスタイルをやめる」ことから始めるべきだ。そしてマイナンバーカードは、それを実現するための一手段であり、最終的にはスマホで完結させる(※注5) ところまでいくべきだということを再確認すべきだろう。
[注記]
※注1 そもそも、紐付けのないマイナンバーさえあったとの報道もある。
※注2 マイナンバーとマイナンバーカードの用語は正確に使い分けなければいけないが、ここではマイナンバーカードのこととして話を進める。
※注3 笑ってしまうのは、現状では、スマホはあくまでマイナンバーカードを健康保険証として利用するための申し込みの「手段」であり、スマホだけで健康保険証代わりにはならず、せいぜい記号・番号が確認できるにすぎないということだ。
※注4 たとえばマイナポイントの申し込みも、スマホだけではダメで、マイナンバーカードが必要。
※注5 一応構想としては持っているようだ。Impress News
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佐藤敏信(久留米大学教授・医学博士)
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◆「医療機関におけるDXはなぜ進まないか ~その根底にあるものを探る~」【2023.2.7掲載】
◆「新型コロナ診療にかかる日本の医療と病院の現状について、正しい理解に基づく議論を期待する」【2022.7.26掲載】
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