繰り返されるマイナ保険証の総点検
中村十念 [(株)日本医療総合研究所 取締役社長]
1.マイナ保険証トラブルは止めどがない。最近も「受診者の窓口負担表示誤り5,695件」いう新聞記事を見た。厚労省担当者のコメントがふるっていた。「誤表示が判明したものはすでに正しい割合に訂正済みであるが、患者が窓口で誤った負担割合で支払った可能性は否定できない」というものであった。
今、紐づけなどのトラブルの総点検が進行中である。しかし、いくら点検を行ったところで、過去のミスは発見できるかもしれないが、「将来」のミスは防げないことをこのコメントは明快に語っている。
2.どんな仕事でもそうであろうが、現場は手抜きをするものである。そのことを前提にシステム設計が行われるべきである。手抜きをしたら、例えば全項目を入力しなかったら、入力作業が完了しない設計システムにしなければならない。それがIT業界の常識であろうことは、素人の私でもわかる。
これも最近の話であるが、東京の日本橋で工事中のビルの鉄骨が崩れ落ちて、死傷者が出るという事故が起こった。
土台の基盤工事の欠陥に起因するものだという。工事をやり直すしかない。
総点検の結果がリスクマネジメントに生かされ、「将来」のミスを防ぐための、プログラムの改修につながることを切に願っている。
3.コメントからわかるもうひとつのことは、中央にしっかりした被保険者のデータベースが無いことだ。まともなデータベースなら被保険者の負担割合にミスがあり、その後ミスが修正されれば、即刻データベースに反映されるはずである。負担割合を誤表示されて、負担額が変わった人が何人いたかはたちどころに判明する。「可能性は否定できない」などとトボけたことは言えない。
いろいろなトラブルを見聞きすると、被保険者データベースは分散処理型の構造らしい。例えば、保険者の異動に即時性がない。公費負担医療の対象者であるかどうかも入力されていない。自治体の独自制度である。いわゆる地方公費の対象であるかどうかもデータベースの中にはない。
分散処理型のデータベースであるがために、大量の紐づけ作業が発生しており、今後も続く。分散先は各健保組合、協会健保、共済組合、国保関係組織、各自治体、福祉事務所等々であろう。これらの分散先は半永久的にシステムを維持し、ホストコンピューターと四六時中データ交換をしなければならない。コストは減らず、手間は増える。それにデジタル庁や厚労省の無理な要求と責任押し付けに耐えなければならない。
4.いつかはしっかりしたデータベースが出来上がり、プラットフォームもさくさくと動く時機到来するであろう。そうなると、次に検討されるべきは、膨大なデータ処理を実行するアルゴリズムである。
アルゴリズムの策定の前に、マイナ保険証システムのミッションとビジョンを明確にする必要がある。実は、これは聞かされているようで聞かされていない。まず、総点検の結果を踏まえて、ミッションとビジョンが策定されるべきであろう。
次にミッションとビジョンを達成できるアルゴリズムの製作だ。このアルゴリズムはどのような仮説とルールに基づいて作動するのか。このアルゴリズムが動き続け、AIの学習が深まると、最終成果物はどんなものが得られるのかの説明が必要だ。それが社会に納得されないと、前進するのはなかなか困難だ。知識人の中には、マイナ保険証は国民従属化の序曲だと言い切る人も数多い。だから何だという人ももちろんいる。どちらの人に対しても政策の成果目標をきちんとデータを示すことが必要だ。
マイナ保険証を構成する「システム自体」「データベース」「アルゴリズム」の完成度は、今のところそう高くないように思われる。リスクマネジメントが弱いので今後も総点検が繰り返されると思った方が良い。国民の理解と納得を得られるまで、なお相当の時間がかかる。完成までの期間、経験に鍛えられ、誰にも迷惑をかけない気配りのもと、進化してきた現行保険証システムの助けを借りるというのは賢い選択だ。
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中村十念[(株)日本医療総合研究所 取締役社長]
◇◇中村十念氏の掲載済コラム◇◇
◆「年金と人生百年」【2023.7.18掲載】
◆「マイナ保険証とリスクマネジメント」【2023.7.4掲載】
◆「『マイナ保険証』は『現行保険証』との併用で」【2023.2.2掲載】
◆「法と医療のイノベーション」【2022.11.4掲載】
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