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(掲載日 2005.5.10) |
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筆者は思うところがあって、勤めていた会社を自分から辞めた。ただ、その後も2年間だけ健保組合に任意継続で加入していた。しかし、この3月末、その保険資格も満了したので、今度は国民健康保険に加入するため、住んでいる地元の役所に出向いた。そのとき、大袈裟だけれど、何とも言えない感慨を抱いた。生まれてこの方、国保に入るのは初めてであることに、である。
子どものころは地方公務員共済組合の被扶養家族、就職してからは会社の健保組合の本人、そして今度の国保である。たった3つ。しかし、思えばこれまで恵まれていたのだと自覚したのである。比べると保障の手厚さが違う。頭でわかっているし、これまで平気で記事を書いていた。しかし、自分で選んだ道とはいえ、失ってみて初めて身に染みるものがある。
子どものころ、医者に通って医療費を払ったのだろうか。記憶がない。会社では社内診療所ならば歯の治療がただ同然だった。それが当たり前だと思っていた。世間ではそうじゃない? 自称専門家だったけれど、知らなかった。以前、人間ドックの1日コースをいくつかの診療所、病院で受けた。その都度、飯がまずいなんて文句を言っていた。そんなことを言えるのも全額健保組合が出してくれていたからだった。しかし、これからは有料だ。1回、10万円ぐらいかかるのではないか。こりゃあ参った。
■保険料減免とプライド
医療ばかりでない。保養所も、だ。会社にいるときは、あんなところ会社の人間ばかりでうっとうしいと思っていた。箱根の保養所はバス停から少し離れているなんて文句をつけていた。しかし、振り返ると、あの保養所の温泉は源泉から引いた本物だったのでは。もっと利用すればよかった。たまたま行った九州・別府の保養所では、予約すれば城下カレイ、関サバ・アジが出た。そのうまかったこと。ほとんど頭が走馬灯状態である。
しかし、ここで現実に引き戻された。役所の担当課の職員から小さな冊子を渡された。「国保なんでも早わかり」とある。こりゃどこかの役所が監修料を取って作ったんじゃあるまいなと思いつつ、保険税(保険料)の説明を受けた。これまで記事では応能負担と応益負担がどうのこうのと書いてきた。自分がそれを負担するとは。しかも、前年の収入を告げると、担当職員が「えっ?」と驚いた。応能負担分が免除されるというのだ。
これまた、なんとも言えず情けない。医療保険制度の歴史を記した本に、武見太郎元日本医師会会長が「国保は貧乏人の集まり」という趣旨の発言していたくだりがある。ただでさえそうなのに、保険料減免か。といって、払わなくてもいいものを払う義務はない。以前、市町村の首長が人気取りで介護保険料の全額免除をする問題を思い出した。減免を受ける側になれば、何ともプライドが傷つくものだと実感するのである。
しかし、ここで改めて原則を確認しよう。筆者は先に健保が恵まれていると書いた。それは正確でない。会社の健保、厚生年金が手厚いのは、だれかのおかげで恵まれているのではない。自分たちが働いて利益をあげ、それによって多く負担しているから当然なのである。そして、国保は、一部の高所得者を除けば負担能力が低い以上、どこかから支えてもらうしかない。しかし、たとえ少額でも払える範囲で負担するのが筋である。
■社会保険は「人生を映す鏡」
筆者は、これまで立場上、偉そうに社会保険は国民の連帯だと唱えてきた。その考えはいまも変わらない。筆者は、国保では応益負担を払う。せめてもの救いである。また、年金の方も国民年金には2年前から加入し、毎年度初めに全額前納している。未納何兄弟になるつもりはない。弱者の側に身を置いても、ささやかながら負担できる範囲で連帯に参加したい。
だからこそ逆に、負担能力の高い企業の経営者には、自分の経営責任をたなに上げて、業績不振になると、すぐ保養所売却や保険料負担逃れに走ることのないよう求めたい。自分の会社の従業員を大事にするのはもちろん、社会保険という連帯について義務だからいやいや応じるのでなく、進んで参加してほしい。
もちろん会社は営利のためにある。どんどんもうけてほしい。しかし、そのもうけるために従業員を大事にし、それによって社会的責任を果たしてもらいた。そういう社会的責任を重視する企業のことは、意識の高い消費者が見ている。それが企業の他社への差別化につながれば自社の利益にもはね返る。そうやって競うことで繁栄する社会を目指してほしい。
と、また、そんな偉そうなことを考えているところへ、地元役所から胃の無料検診の案内が来ていた。なのに、放っておいてしまい、期限切れとなってしまった。これも役所の「福祉」を受けることに抵抗感があるのだ。そして頭の隅にどうせ人間ドックを受ければいいさというぜいたく癖が残っている。ただじゃないのに。まったく。
社会保険とは人生を映す鏡、とつくづく思うのである。
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