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「不良債権処理がおカネの氷を溶かしたのか?」 長谷川 公敏
(掲載日 2007.03.27)
 最近、条件を良くしなければ人材を確保できなくなってきた。「収入が増えた」という実感はないものの、景気拡大期間が「いざなぎ景気」を超えたといわれれば、そのせいかもしれないと思わせるほどの状況だ。

 ところで、実感はないとしても、日本経済はなぜ回復し始めたのだろうか。多くのエコノミストや評論家は、景気回復の理由として金融機関の不良債権処理が進んだことをあげている。では、不良債権はどういうメカニズムで景気の回復を妨げていたのだろうか。

■「おカネが氷漬けになっている」という誤解

 不良債権問題は、不良債権があると金融機関はその分の資金回収が滞り、おカネが廻らなくなるので、必要としているところに資金が行きわたらないために、経済活動が阻害される、と「専門家」の間で理解されている。つまり、貸したおカネが焦げ付いて戻ってこなければ、金融機関は次に借りたいところに貸せないので、そのために経済は動きが取れなくなるということだ。

 この説明はとても納得しやすい。「友人におカネを貸したのに返してくれない。当てにしていたおカネが戻ってこないので、明日から生活に支障が出る」という話と同じだからだ。

 しかし、家計と金融機関は違うので、この説明は誤りだ。例をあげて説明しよう。

 A銀行がa不動産に土地購入資金を貸したとする。a不動産は土地を買ったがそのあと半値に下がってしまって利息も払えない。A銀行は土地を担保に取っているのだが、担保を処分しても貸金の半分しか返ってこないので様子を見ている。これが不良債権の状態だ。

■貸したおカネはなくならない

 だが、半値になった担保を処分(=不良債権処理)して、少しでも貸金を回収しなければ、A銀行が次のところに貸せないわけではない。

 a不動産が土地を買ったとき、土地を売った個人や会社が受け取ったおカネはどこへ行ったのだろうか。土地を売った個人や会社の銀行口座に入ったはずだ。仮にその銀行がA銀行だとすると、A銀行の手持ちの資金量には何も変化がないことになる。A銀行の資金量は、a不動産が買った土地の価格が半値になっても2倍になっても関係ないはずだ。

 つまり、土地の値段がどうなろうと、日本の金融機関全体で見れば、おカネの量は変わらない。したがって、貸した資金が回収できなければ、次に貸せないということにはならない。

 こうしてみると、「金融機関に不良債権が沢山あるので、企業でおカネが不足し、経済活動が滞った」という説は誤りだということが分かるだろう。現に日本銀行が公表している資金循環勘定を見ると、企業部門は1998年以降常に資金余剰(企業全体としては資金が余っている状態)で、おカネは十分に間に合っていたことが分かる。(注)

■不良債権処理の促進が事態を悪化

 病人がいれば治療しなくてならないのと同様に、不良債権も放置しておいて良いというわけではなく、解決しなければならない問題だ。

 だが不良債権は土地などの値下がりや不況の結果生じたものであり、不良債権が因で不況が果ではないので、不良債権をいくら処理しても何も解決しない。

 不良債権を因として処理を促進する考え方は、ある特定の病原菌で病気が流行しているときに、「病人がいるから病原菌があるので、病人さえ隔離すれば病原菌はなくなる」と考えるのと同じだ。

 更に、不良債権処理の促進には大きな副作用がある。処理された企業が倒産し従業員が路頭に迷い社会不安が増すことだ。倒産、失業の増加は、決して経済活動にプラスにはならないどころか、大きなマイナスになることは明らかだ。

 結局、不良債権処理の促進は決して景気を回復させず、逆に景気回復を遅らせたことが分かるだろう。

 では、日本経済が曲がりなりにも回復過程に入った本当の理由はなんだろうか。次回説明することにしたい。

(注)
1998年頃、一部の金融機関で資金が足りなくなった時期があるが、翌1999年には全て解消されていた。また全体では余剰でも、個々の企業で見ると資金繰りがきついところがあった。

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