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コラム
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「第五話「勘助の戦略」連載小説(小説『年金の不都合な真実』)」 杉山 濫太郎
(掲載日 2007.07.17)
<舞台> アジアのとある国
<設定> 大きな内戦が終わってから60年がたった。その内戦は民族対立に端を発し、10年にわたった。疲れ果てた国民は難民として周辺国に流れ出し、周辺国の治安悪化が進んだ。対立していた国民は、強い外圧を受けてようやく和解したのだった。もともと勤勉な国民で、交通の要衝にも位置していたため、戦後60年でその国は急速な発展を遂げた。その一方で、国民の間に新たな火種ができている。それは「年金問題」だった。
<主な登場人物>
 ○東都大学准教授・・・西山勘助(にしやま・かんすけ)
 ○保険勤労省年金局企画課課長補佐・・・斎藤誠太郎(さいとう・せいたろう)
 ○夕刊紙「毎夕新聞」の記者・・・島谷涼風(しまたに・すずか)
 ○保勤省年金局数理調査課・・・三森数馬(みつもり・かずま)
 ○年金問題に執念を燃やす政治家・・・西郷竜一郎(さいごう・りゅういちろう)
 ○与党 民自党党首・・・川上一太(かわかみ・いった)
※ 日本人に読まれることを想定しているため、日本的な名前にしているが、他意はない。
<< 第四話 「怒りの日記」
<前回までのあらすじ>
 自殺した保険勤労省の年金局数理調査課の三森数馬の日記を託された毎夕新聞の記者、島谷涼風。年金の話は難しく、はじめは日記を読むのが苦痛に感じた。しかし、あるところで急に日記の世界に吸い込まれた。その翌日、東都大学に打ち合わせに向かう。

 5月19日。涼風は朝方まで数馬の日記を読み続け、一眠りした後で母校の東都大学に向かった。西山勘助・准教授、数馬の母、洋子との約束の時間は午後1時。久しぶりに学食で昼食をとると、少し眠気がおそってきたが、頭はさえていた。勘助の研究室に入ると、勘助はコーヒーを飲んでいるところだった。

 「どうだった。その顔はよく勉強してきたって顔だな」

 「私、こんなに集中して勉強したのは生まれて初めてです」

 「それは悪かったな。どうせ、おれの授業は退屈ですよ」

 「そんなこと、いまごろ気づいたんですか。もっと学生のニーズをつかんでおかないと、大学に居られなくなりますよ」

 そんなことを話しているところに洋子も現れた。勘助はすぐにコーヒーポットに手を伸ばした。

 「たびたび足を運んでいただき、ありがとうございます。私が淹れたコーヒーですが、お飲みください」

 「ありがとうございます」

 「数馬さんが亡くなって、まだ4日ですね。落ち着かない中で、何度も来ていただき、本当に申し訳ありません」

 「いいえ。私のほうこそ、お忙しい先生に2日も続けてお時間をいただけるなんて、感謝しております」

 「とんでもありません。私にとっても、大変にいい勉強になっています。さっそくですが、本題に入りましょう」

 勘助は、涼風と洋子に2枚づつ紙を渡した。タイトルは「年金の不都合な真実」。1枚目にA案、2枚目にB案と書いてある。

 「A案とB案は項目にダブリがあります。簡単に言うと、B案は簡略版です。A案は10回の連載、B案は5回の連載を想定しています」

 見ると、勘助の手元の日記のコピーには、3色の付箋が貼ってあり、すべてのページにページ数が書き込まれているようだ。レジメにはそれぞれの項目と概略、引用ページが書いてある。

 「さすが先生。ばっちりですね」

 「うん。君たちに教える授業とは気合いの入り方が違った」

 「そうですか。きょうは、すばらしい講義が聴けて光栄ですわ」

 「冗談はこのくらいにして、説明をしましょう。新聞ですから、読者の反応次第で記事は変わっていくでしょう。A案は読者の反響が大きかった場合を想定しています。私は最終的にはA案になると確信していますが、島谷君が社内で提案する時には、2段構えでいったほうがいいでしょうから、まずはB案で提案してみてはどうでしょう」

 駆け出し記者の涼風には思いもつかぬ2段階戦略だが、日頃、学内の予算獲得競争などでもまれている勘助にとっては、当然の戦略だった。まずは既成事実を作って、その勢いで領地を広げていく。入社2年目の涼風にとって、最初から10回もの連載を提案して実現するのはハードルが高すぎるという判断もある。

 「わかりました。先生、戦略はいいけど、中身の話をしてください」

 それから2時間、勘助が説明をして、涼風が質問してメモを取るというやりとりが交わされた。洋子はほとんど黙って聞いていたが、目は真剣そのものだった。

 最後に洋子が言った。

 「ありがとうございます。私は異論がありません。これが世の中に伝われば、数馬も少しは心が慰められるでしょう」

 勘助がそれに応じた。

 「この話は、提案したA案以上の展開が続くはずです。でも、この国の人にとってはB案でも驚くべきことで、これまで言われてきた『年金不信』の底の浅さを思い知らされるでしょう。年金問題は少子化問題のように語られていますが、少しぐらい少子化が進んだからといって、根幹が揺らぐことはありません。

 むしろ、本来の少子化問題を覆い隠している人為的な数理問題を国民に知らせる必要があります。この日記を見て、私は密かにZ案を用意しています。それは、A案に進んだところで改めてお話しさせてください」

 涼風は、素直に白旗を揚げた。

 「今の私にはB案でも消化不良を起こしそうです。でも、精一杯のことをしたいと思います。最低でもA案に。悔しいですけど、Z案は説明してくださいとお願いできる状況ではありません」

 打ち合わせを終えると、涼風はすぐに会社に向かった。毎夕新聞編集局に入ると、すぐに10年目の記者、山下達哉の姿を探した。山下はすぐに見つかった。数馬の日記と、B案である企画案(もちろんBとは書いていない)を見た山下はこう言った。

 「すごい特ダネじゃないか。それと、島谷にしてはよくできた企画書だな。でも、連載5回は少ないような気もするな。ただ、君の提案としてはこんなもんだろう。さっそくデスクに相談しよう」

 すでに、午後5時が近い。あと1時間もすると飲みにでかける社員も多い。山下はソファーにひっくり返って週刊誌を読んでいたデスクの西ノ宮章をつかまえた。西ノ宮は、20年のベテランで、山下との関係はちょうど、山下と涼風との関係と同じで、山下が駆け出しだったころに、よく相談に乗ってもらった間柄だ。

 「西ノ宮さん、島谷が特ダネを取って来ましたよ。15日に自殺した保勤省の三森数馬の日記です。これを読むと、保勤省年金局のウソがはっきりとわかるようです。『年金の不都合な真実』なんて、気の利いた企画案まで作ってます。これで行きませんか」

 「どれ、ちょっと読ませてくれ」

 西ノ宮は5分ほどで企画案を読むと、2人に向かってこう言った。

 「了解。これでいこう。あすだと山下もおれも消化不良を起こしそうだから、あさって、ほかにネタがなかったら、これでドンと行こう。島谷は、あすの昼までに原稿を書け。山下、今晩中にこの日記を読んどけよ。おれは、こんな難しそうな資料は遠慮させてもらうからな。」

 山下は笑いながら応じた。

 「おれも読まないといけないんですか。今夜、予定が入ってたのになあ。変な相談するんじゃなかったよ」

第六話「きょう、斎藤に言われたこと」 >> 
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