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(掲載日 2007.08.21) |
<舞台> |
アジアのとある国 |
<設定> |
大きな内戦が終わってから60年がたった。その内戦は民族対立に端を発し、10年にわたった。疲れ果てた国民は難民として周辺国に流れ出し、周辺国の治安悪化が進んだ。対立していた国民は、強い外圧を受けてようやく和解したのだった。もともと勤勉な国民で、交通の要衝にも位置していたため、戦後60年でその国は急速な発展を遂げた。その一方で、国民の間に新たな火種ができている。それは「年金問題」だった。 |
<主な登場人物> |
○東都大学准教授・・・西山勘助(にしやま・かんすけ)
○保険勤労省年金局企画課課長補佐・・・斎藤誠太郎(さいとう・せいたろう)
○夕刊紙「毎夕新聞」の記者・・・島谷涼風(しまたに・すずか)
○保勤省年金局数理調査課・・・三森数馬(みつもり・かずま)
○年金問題に執念を燃やす政治家・・・西郷竜一郎(さいごう・りゅういちろう)
○与党 民自党党首・・・川上一太(かわかみ・いった)
※ 日本人に読まれることを想定しているため、日本的な名前にしているが、他意はない。
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<前回までのあらすじ> |
毎夕新聞に載せる記事について東都大の西山勘助准教授は、島谷涼風に企画案を渡した。涼風がそれを会社に持ち帰ると、あっさり企画が通り、いよいよ記事が掲載された。
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5月21日。昼過ぎに毎夕新聞が駅の売店に並ぶと、テレビは一斉に「三森数馬の日記」に飛びついた。発行部数50万部、20ページで1部100円の毎夕新聞は、この特ダネのために、いつもより発行部数を10万部増やしたが、午後4時には首都圏のすべての売店で売り切れになった。
あわてた毎夕新聞は、夕方の帰宅時間に合わせるために、4ページで1部50円の「特別号外」を100万部刷ったが、午後8時にはそれも売り切れた。
タイトルは「数馬の日記/年金の不都合な真実/どうせ大地震で年金記録はなくなる」。記事は1面トップで次のように伝えた。
保険勤労省のお役人は、我々から年金の保険料を集めておきながら、払うつもりはないことが明らかになった。毎夕新聞は15日に投身自殺した年金局数理調査課の若き年金官僚の正義感あふれる日記を入手したが、驚くべきことが書き連ねられている。
きちんとした将来推計を作るよう求める三森数馬さんに対して、年金局企画課の斎藤誠一郎課長補佐は「どうせ、大地震で年金は払えなくなる」と開き直ったのだ。(3ページに連載「年金の不都合な真実」)
日記は昨年4月に保勤省に入省した数馬さんが書き始めたもので、A4版の分厚い大学ノートにびっしりと書き込まれた100ページに及ぶものだ。日々のやりとりが細かく記録されているもので、数理調査課の職員として、責任を持てる将来推計を作りたい数馬さんと、企画課をはじめとした省内でのやりとりが書き連ねられている。
とくに、数馬さんの年金制度に対する理解が深まり、それとともにこれまでの制度運営に対する疑問が高まってきた今年に入ってからのやりとりは具体的に記されており、数馬さんが職を賭して将来推計の作製に取り組んでいたことがわかる。
これに対する斎藤誠一郎課長補佐をはじめとした省内の反応は不誠実極まりないもので、まさに国民を裏切るだけでなく、国民の老後の生活をどん底にし、社会を混乱に陥れる心配さえあるものといえる。
この日記は、現在進められている年金制度改正に影響を与えるだけでなく、制度の根幹そのものを揺るがすものだ。我々国民の生活設計の見直しを求めるとともに、経済や社会の秩序にも変革を迫るものといえる。その驚きの内容を本日から連載でお届けする。
※お断り 毎夕新聞は、この記事を掲載するにあたって、斎藤誠一郎・年金企画課課長補佐にも、保勤省にも確認の取材をしていない。それは、日記の細かい記述が信頼するに足る十分な内容だと確信できるものであり、それだけに、確認作業を進めた場合、当編集部への国家的介入も予想されるためである。
そうなっては、亡くなった三森数馬さんの遺志を汚すことになりかねない。毎夕新聞は、命運をかけてこの日記の存在を世に問う決断をした。(毎夕新聞編集局長 西郡光彦)
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3ページには、数馬の顔写真つきで、数馬の肉筆の日記を載せる次の「記事」が載った。
4月3日 きょう、斎藤に呼び出された。2人きりの会議室で言われたことを記録しておく。
おまえ、いまだにごちゃごちゃ言って財政見通しの変更に抵抗してるんだってな。数理調査課は宮下課長も京極課長補佐も了解していることなんだ。2年生のおまえが反抗してどうなる。
いいか。おまえさんが言うとおりで、将来の保険料の見通しは甘めに作ることになる。でもな、こんなことはこの20年、ずっとやってきたことなんだ。いまになって、おまえが1人で反対してどうなるっていうんだ。
優等生のおまえさんに、いいことを教えてやるよ。将来もらう年金は保険料を納めた時の記録がすべてだよな。年金をもらう時になったら、ひとりひとりの記録をもとに年金額を計算するんだろう。その記録はコンピューターに入っているよな。大地震がきてコンピューターがぶっ壊れたらどうなる。この国は地震国だからな。
100年に1回はこのセントラル州が焼け野原になるような地震が起きてるよな。その時がきたら、年金の記録はパアだ。国にとっては借金がなくなる「徳政令」ってわけだ。
この話には驚いた。データのバックアップは取ってないのか確かめたところ、斎藤はこう答えた。
この狭い国で、どこにバックアップのコンピューターを置いたら地震の被害を逃れられるかなんてわからないだろう。10年前のウエスタン州大地震の時にも、省内でそんなことが話題になったことがあったんだ。財務省からも聞いてきた。
それでコンピューターの保守管理をしているセントラル電子に見積もりを出してもらったら2000億円だってよ。それを財務省に伝えたら、それっきり何も言ってこなかったってわけだ。
見積もりが高いって?
与党民自党の強力なスポンサーであるセントラル電子にそんなこと言えるわけないだろう。おまえも役人なら、少しは頭を使え。おれたちは出世が命なんだぞ。出世して、この国の金や制度を自由にしたいがために、この仕事をしてるんだ。
セントラル電子は随意契約で毎年、コンピューターの保守管理をして年間1000億円を払っているんだ。どうしてそれが変えられないのかを考えろ。おまけに2000億円も払うなんて話は、さすがにやりすぎだろう。官僚の良心が許さないよ。
それからな、5年前に年金の現場実務をしている年金管理庁の全国の事務所に大型シュレッダーが入ったことを知ってるだろう。個人情報保護を徹底させるっていう名目で。いま、そのシュレッダーで年金の台帳を少しづつ処分しているんだ。年金の台帳は個人情報が満載だ。それが年金管理庁から漏れたりしたら大問題だからな。
コンピューターの記録がなくなっても、紙の台帳があればなんとかなるかもしれない。それまで消し去ってしまう。そんなに「真実」を伝えるのが怖いのか。我々は、もっと真摯な姿勢で国民に向かうべきではないのか。
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当然のことだが、保勤省は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
午後3時に、ようやく絹田清明次官の会見が開かれた。次官は事実関係については「調査中」と繰り返すばかりだったが、次のように強調した。
「毎夕新聞はなんらの確認もないままに記事を掲載しました。これは明かにペンの暴力です。記事とはいえません。毎夕新聞には強く抗議をしました。私は斎藤誠一郎補佐を信頼しています。書かれたようなことはなかったと信じています」
年金局企画課にも記者が詰めかけたが、斎藤誠一郎補佐はおらず、課員が「きょうは昼から行方がわからなくなっています。我々も事情がわからず途方に暮れています」と話すだけだった。
そのころ、斎藤誠一郎は、保勤省から車で10分ほどのシティホテルの部屋にいた。保勤省年金局総務課の課員がつきそっている。隣の部屋には斎藤の妻と2人の子供がいた。保勤省が用意したホテルだった。
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