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(掲載日 2007.01.19)
安全神話の先にある現実
―JAL機乱高下事故の2審判決と
医療刑事裁判の類似点について
投稿者  東京都在住 弁護士
 メーリングリストやブログなどのインターネットでの意見交換は、その日のニュースや出来事について、率直な意見交換が気軽にできるすばらしいシステムです。

 本年1月9日、当方が参加しているインターネットでの意見交換システムにおいて、JAL機乱高下事故(※)の二審判決と医療刑事裁判の関係について意見交換がなされ、これを拝見し考えるところが多くございましたので、みなさまにもご紹介申し上げます。

 なお、以下で紹介するご意見をお寄せくださった先生方からは、本ホームページ転載のご諒承をいだだいております。先生方には、この場を借りて深く御礼申し上げます。

※ JAL機乱高下事故の2審判決

 平成9年6月8日、日航706便は、香港啓徳国際空港を離陸し、飛行計画にしたがって飛行を継続したが、名古屋空港へ着陸のため降下中、午後7時48分ごろ、三重県志摩半島上空において、機体の急激な動揺により、乗客及び客室乗務員が死傷した事故について、名古屋地裁は、平成16年7月30日、業務上過失致死傷の罪に問われた機長に対し、無罪を言い渡し、平成19年1月9日、名古屋高裁もこれを支持した。なお、当時の運輸省航空事故調査委員会は、機長が機首上げのため操縦桿を操作が事故原因のひとつと推定する調査報告書を作成していた。

■A先生(ベテラン医師)

 「三重県上空JAL機乱高下事故の2審判決が今日出たそうですが、この報道に接し次の点で医療関係者を被告人とする刑事裁判との濃厚なアナロジーを感じました。

1) きわめて高度な専門性を有する職種について、その技術の過失の有無が争点になったこと
2) 事故調査委員会の、機長の操縦ミスも原因とする調査報告書が証拠とされ、起訴につながったこと
3) 遺族の告発が契機となり司法判断がなされる流れになったこと
4) おそらく想定外の困難な事態に対しできる限りの対応をとったのに、予測を超える結果となり死者が出た、その結果のみから判断されてしまっていること

 この中で上記2)の問題が非常に大きな点と思います。この裁判1、2審ともパイロットの被告人が無罪となったそうですが、この事件は、医療関係者を被告人とする刑事裁判において、何か参考になるものはないでしょうか。」

■B先生(若手弁護士)

 「わたくしも、昨日、興味深くネット記事をよんでおりました。『濃厚なアナロジー』、まさにご指摘のとおりだとおもいます。裁判所が管制塔を実況見分したほかにも、弁護側に有利な鑑定書などがそろっていたようですが、検察官は無理筋とわかっていても、合理的な判断をせず、自分たちの保身のために、延々と無駄な裁判を、しかも控訴審まで、 続けようとする人種であることがよくわかりました。」

■C先生(ベテラン弁護士)

 「ご指摘の点、確かに、大切です。とくに、事故報告書の存在と、それを契機とした捜査は仰るとおりです。しかし、極めて重要な点で、医療関係者を被告人とする刑事裁判と異なります。

 それは、想定外の困難な事態に対しできる限りの対応をとったのに、予測を超える結果となり死者が出た、その結果のみから判断されてしまっていることにも繋がるのですが、航空機事故に限らず、所謂、よくある業務上過失事犯では、本来、その業務の内容が、専門的ではあっても、危険なことは、根本的に想定されてはいないことです。

 確かに、航空機事故になるのは、悪天候や、機器の不備、不調、さらには、突然の機器の故障など想定外の事態はあります。しかし、基本的に、機長など業務上の過失責任を問われる立場の者が、あるべき操作を正しく行う限り、安全に運行できるようになっているのです。あらゆる事態を想定し、二重三重に安全装置、システムが装備されており、所謂フェイルセーフのシステムが構築されています。

 またそうでない限り、機体も、機長も、一般人の利用に供しないのです。また、そのための、型式認定や、検査システムが、国の法体系の中で決められています。従って、資格を持った操作者が、決められた手順で、あるいは、正しく、操作をすれば事故は本来起きない仕組みです。

 これに対し、医療は、どれだけ、正しい診断をし、治療行為をしても、想定外の事態になったとき、こうすれば、事故は起きないということは本来期待できない業務分野です。ですから、医療裁判ではインフォームドコンセントのとき、必ず、死の危険を告知しています。

 他の業種の通常の業務において、事前の説明で、万が一のときには、死ぬ危険がありますと、言うでしょうか。たしかに、航空機ならば、事故に会えば、死ぬ危険は高いですが。それは自動車も同じです。しかし、本来の業務を正しく行えば、事故は起きない仕組みにあるし、それが前提での業務です。

 しかし、医療は、本来の業務を正しく行っても、状況如何でいくらでも死の危険と背中合わせです。救急現場、手術現場はいつも、そのような状況下にあります。むしろ、危険を覚悟で治療をするのでなければ救命が出来ない場面も珍しくない。それが、医療です。

 しかも、他の業務は、そもそも身体の侵襲行為を全く行うことを予定しておりません。従って、想定外の事態においてと言っても、あくまでも、その操作が困難になるのであり、直ちに身体に危険が及ぶ訳ではありません。医療は端から、身体への侵襲行為があってのものです。だから、原因が分からない死亡はいくらでもある医療と起きる前提ではない交通事故(航空機もあくまでも安全な乗り物なのです)。ここが全く違うところです。

 従って、報告書も、交通事故と、医療事故とでは、危険認識の視点が、前提からして違います。」

■D先生(気鋭の中堅弁護士)

「C先生の指摘を踏まえると、医療事件の場合は、航空機事故の場合と比べて、より死の結果が生じたことについて「やむを得ない」という判断に結びつきやすいわけですから、やはり三重県上空JAL機乱高下事故事件判決は、医療関係者を被告人とする刑事裁判に有利に援用できるということですね。」

■A先生(ベテラン医師)

 「なるほど、たいへんよくわかりました。人間が使用する『道具』(航空機も道具)はその安全を担保する基準を人間が定めることができるけれども、医療が対象とする『病気』や『出産』は、その取り扱いにおける安全を人間が保障することはできないということですね。

 それは、『病気』や『出産』は、人間が使用する『道具』とは異なり、生物学的な自然の営みに由来する事象であるからです。

 しかし、危険な『道具』は使わないことにすればよいけれども、『病気』や『出産』の取り扱いは安全が担保されていないからといって、取り扱わずに避けて通るということができない、という点を世の中の人が知らなければいけません。」
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