11人の感染者のうち5人が死亡した米国の炭疽(たんそ)菌テロ事件から5年。感染者の生死を分けたものは何だったのだろうか。米スタンフォード大学医学部と退役軍人パロ・アルト医療システム(the Veterans Affairs Palo Alto Health Care System)のチームは、世界15ヶ国で確認された炭疽菌感染の事例を1900年まで遡って比較調査。その結果、死亡率を抑えるためには、早期発見と早期治療の開始が重要であることがわかったという。また、生存者の多くに胸水排除の措置がとられていたことにも着目。生物化学兵器テロ対策としては従来それほど重視されていない胸水排除のためのチューブの供給体制も強化すべきである、とした。
分析対象は、ロシア、ドイツ、ウガンダ、イラン、クロアチア、トルコ、ナイロビを含む15カ国で1900〜2005年の間に確認された合計82件の感染事例。それぞれの事例について、感染者の年齢や性別などのほかに、症状のどの段階で炭疽菌に感染したと診断されたか、どのような治療をどのタイミングで受けたか、そして、その感染者が生存したかどうかを比べた。
初期症状の発生から2日以内に抗生物質による治療を開始した事例では、感染者の死亡率は20%にとどまっていた。しかし、治療開始時期が遅れれば遅れるほど死亡率が高くなり、全事例を合わせた死亡率は85%に上った。治療開始時期別では、初期症状が出てから4日目で治療を開始した事例の死亡率は58%、6日目で開始した事例の場合は80%だった。
症状が出てから4日目以降になると死亡率が急速に高くなっていたことから、研究チームでは「感染者の生死のカギを握るのは、初期症状の段階で抗生物質の投与など適切な治療を開始することができたかという点にある」と結論付けた。また、生存者の8割が、胸水排除の措置をとられていたことも注目に値するとした。炭疽菌感染の初期症状は、咳や熱、悪寒などインフルエンザに似た症状がみられるのが特徴。初期症状は最初の4日間程度続き、その後は、呼吸窮迫やショックなどの後期症状の段階に入る。
スタンフォード大学のジョンエリック・ホルティ氏は「炭疽菌感染の診断は初期症状がインフルエンザに似ているだけに非常に難しい」とし、「早期診断を可能にするには、医師が『夏にインフルエンザが流行るだろうか』『同じ場所にいる複数の人が同じ症状を起こしていないか』など常に感染の疑いをもって対応することだろう」と強調した。
調査結果は『the Annals of Internal Medicine』(2006年2月21日号)に「Systematic Review: A Century of Inhalational Anthrax Cases from 1900 to 2005」のタイトルで掲載された。
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