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コラム
今週のテーマ
(掲載日 2007.09.11)
<舞台> アジアのとある国
<設定> 大きな内戦が終わってから60年がたった。その内戦は民族対立に端を発し、10年にわたった。疲れ果てた国民は難民として周辺国に流れ出し、周辺国の治安悪化が進んだ。対立していた国民は、強い外圧を受けてようやく和解したのだった。もともと勤勉な国民で、交通の要衝にも位置していたため、戦後60年でその国は急速な発展を遂げた。その一方で、国民の間に新たな火種ができている。それは「年金問題」だった。
<主な登場人物>
 ○東都大学准教授・・・西山勘助(にしやま・かんすけ)
 ○保険勤労省年金局企画課課長補佐・・・斎藤誠太郎(さいとう・せいたろう)
 ○夕刊紙「毎夕新聞」の記者・・・島谷涼風(しまたに・すずか)
 ○保勤省年金局数理調査課・・・三森数馬(みつもり・かずま)
 ○年金問題に執念を燃やす政治家・・・西郷竜一郎(さいごう・りゅういちろう)
 ○与党 民自党党首・・・川上一太(かわかみ・いった)
※ 日本人に読まれることを想定しているため、日本的な名前にしているが、他意はない。
<< 第六話「きょう、斎藤に言われたこと」 
<前回までのあらすじ>
 毎夕新聞は、涼風の記事を掲載した。それは、年金記録を保管しているコンピューターのバックアップがなく、地震がきたらすべての記録が消えてしまい、年金給付の根拠がなくなってしまうという年金局企画課の課長補佐の証言を、自殺した数理課の三森数馬が記録していたものだった。衝撃的な内容に、毎夕新聞は飛ぶように売れた。

 「おめでとう」

 「乾杯!」

 毎夕新聞編集局は、お祭り騒ぎだった。

 それもそのはず。60万部が完売しただけでなく、1部50円の「特別号外」が100万部も売れたのだから、5000万円の「臨時収入」を手にしたことになる。

 4ページといっても、折りたたんで表裏を使うのだから1枚の紙だ。ほとんどが利益になった。特別号外の対応を終えた午後5時には、缶ビールが箱で持ち込まれ、あちこちで乾杯が始まった。

 もちろん、西郡光彦編集局長の顔はゆるんだまま。

 「特別号外はよかっただろう。島谷の記事に適当な記事を付け加えただけだからな。記者クラブにいる一般紙のやつらには思いつかないことだ。

 日頃から、我々のことをエロ新聞なんて見下してるやつらの鼻をあかせて、きょうは最高だ。新しい客もついているから、しばらく風俗記事はストップ。OLが好きそうなランチ特集でも入れておけ」

 西郡編集長は、風俗の取材歴が長い。

 「夕刊紙はサラリーマンが帰宅途中に読む時間つぶしの道具。それだけに、風俗記事は必須アイテム」というのが持論だが、裏ではいまだに業界の「特殊接待」を受けているといううわさが絶えない。

 時々、風呂上がりの香りを漂わせながら編集部に現れるので、鈴風にとって、近寄るのもいやな存在だ。その西郡が、風俗記事をストップしろと言うぐらいだから、よほどうれしいのだろう。

 (記事に「命運をかけてこの日記の存在を世に問う決断をした」という断りを入れたのも、半分は本心だったかもしれない)と思った。

 しかし、涼風は喜んでばかりもいられない。翌日の記事を書かないといけないためだ。翌日の記事は次の内容だった。

 「数馬の日記・第二弾/年金の不都合な真実/積立金は「女」に消えた」

 昨日に続いて、若き年金官僚の日記からお伝えする。

 我々が汗水たらして納めてきた年金の積立金は消えていた。

 現在、年金積立金は200兆円あることになっているが、実際は各省庁の外郭団体につぎこまれており、官僚と、その天下りどもが高級風俗店などで使ってしまった、というのだ。(3ページに連載「年金の不都合な真実」)

 この日記は、15日に投身自殺した年金局数理調査課の若き年金官僚、三森数馬さんが書き遺していたもの。

 日記によると、保勤省は財務省など、他の省庁に「いい顔」をするために次々に外郭団体の設立を認め、我々の積立金を「基金」として渡してきた。

 役所の会計はドンブリ勘定なので、基金だろうが、収益金だろうが、「歳入」として扱われる。そのため、給料として「穀潰し」どもの生活費に充てられたほか、多額の飲食費としても使われていた。

 年金局企画課の斎藤誠一郎課長補佐は、企画課補佐に就いてから「30回は高級料亭で接待を受けた」と豪語していた。

 当然、二次会付きで「2回に1回は高級風俗店に繰り出した」と自慢している。

 そして、3ページには、やはり、数馬の肉筆の日記が掲載された。

 4月5日 きょうも、また、斎藤に呼び出された。

 きょうの話は聞くに耐えない話だったが、何かあった時のために書き残しておこう。

 年金の積立金は200兆円ある。ただし、これは帳簿に載っているというだけのことだ。その帳簿には、政府の関係機関の基金という形で「出資」されている。出資なので、国民の資金であり、配当も支払われている形になっている。

 ところが、斎藤の説明によると、この基金はすでにかなり減っている。もちろん、帳簿の上にはある。基金だから、本来は残るものになっているはずだが、各省庁の外郭団体の建物を見ればわかる、と言われた。

 そこで、仕事の帰りに財務省の国際支援・救援機構を見に行ってみた。それは、セントラル市のど真ん中にあるというのに、古い4階建ての建物だった。

 おまけに、斎藤によると、土地は機構のものではなく、財務省の財産になっているという。ところが、帳簿には50億円の価値があることになっている。ほとんど無価値な建物に50億円もの評価をつけていることになる。

 建物の中は、ほとんどがらくたのような事務機しか置いていないそうだ。とにかく、いろんな名目で基金の出資をした結果がこれだ。

 では、資金はどう使われているのか。斎藤はこう言った。

 我が国の国際的なプレゼンスを上げるためには国際支援は欠かせないだろう。それで、人を雇ったのはいいけど、収益なんてあがらない。かといって税金をつぎ込む余裕もない。それで、一応残っている形を作って年金積立金を入れたわけさ。政府の外郭なんてそんなもんだ。

 それではあまりにも無責任じゃないかと聞いたところ、こう言った。

 おれたちの先輩がずっとやってきたことなんだ。入省2年目のおまえに偉そうなことを言われるようなことじゃない。課長補佐ともなると、在任中に1つぐらいは外郭を作るものなんだ。

おれがいま進めているのは、格差是正のために失業者に仕事を教える「情報技術向上センター」ってのを作るプロジェクトだ。我らが保勤省と経技省の外郭だから、豪華な設備を備えないとな。

 コンピューターの業者には、表向き、高い価格で納入させて、5割ぐらいは内部資金で留保するのさ。20億円ぐらいは浮かそうと思ってる。ばれないようにするためには、いろいろ相談が必要でな。時々、高級料亭で打ち合わせをしているんだ。当然、会合費用は、外郭の準備組織があって、そこから出る。

 いいぞ。料亭だけじゃないんだ。終わった後に半分ぐらいは「特殊接待」があるんだ。そこらへんのネオンギラギラの風俗店なんかじゃないぞ。高級マンションの一室で、とびきりいい女が待ってるんだ。今度、おまえも連れてってやるからな。ぐちゃぐちゃ言わずに、言われたことをやっててくれよ。

 これを読んだ斎藤誠一郎はさすがに青ざめた。

 (あいつ、こんなことまで書き留めていたのか……。これでおれの人生も終わりだな)
 
 前日はホテルの隣の部屋にいた妻子は、地方の実家に帰っていた。毎夕新聞は販売されていない地域だが、いずれなんらかの形で伝わるだろう。

 (それにしても、毎夕新聞というのは情け容赦がないなあ。これが記者クラブの加盟社であれば、ここまではしないだろうに。絹田次官は困っているだろうな)

 テレビをつけると、夕方のニュースが始まった。トップニュースは年金積立金の問題。それも、絹田次官の会見の場面から始まった。

 「名指しされている課長補佐は行方がわからなくなっています。私は、彼が早まった行動に出ないことだけを祈っています。そして、書かれていることがデマであることを信じています。このような無責任な報道をする毎夕新聞には厳重に抗議をしています」

 会見場にいる記者が質問する。

 「情報技術向上センターの構想は実際にあるものですね。問題の課長補佐がその担当をしていたことは事実なのですか」

 「それは確かにそうです。ただ、だからといって、この記事が真実である証拠はありません。亡くなった三森さんの日記であることは間違いないようですから、彼がそのことを知っていて、一種の創作をしていた可能性もあるのではないかと見ています。それなのに、ことの真偽を確かめずに報道するのは、いかがなものでしょうか」

 「情報技術向上センターの準備組織というのはどこにあるのですか。責任者は誰ですか」

 「それについては、後ほど、正確なところをお伝えいたします」

 「そんなのは、いまここで出せるでしょう。準備組織のトップは、保勤省の元年金局長ですね。隠そうとしているのではないですか」

 さすがに、記者クラブの記者たちも、いらだちを強めていた。
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