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(掲載日 2007.09.25) |
<舞台> |
アジアのとある国 |
<設定> |
大きな内戦が終わってから60年がたった。その内戦は民族対立に端を発し、10年にわたった。疲れ果てた国民は難民として周辺国に流れ出し、周辺国の治安悪化が進んだ。対立していた国民は、強い外圧を受けてようやく和解したのだった。もともと勤勉な国民で、交通の要衝にも位置していたため、戦後60年でその国は急速な発展を遂げた。その一方で、国民の間に新たな火種ができている。それは「年金問題」だった。 |
<主な登場人物> |
○東都大学准教授・・・西山勘助(にしやま・かんすけ)
○保険勤労省年金局企画課課長補佐・・・斎藤誠太郎(さいとう・せいたろう)
○夕刊紙「毎夕新聞」の記者・・・島谷涼風(しまたに・すずか)
○保勤省年金局数理調査課・・・三森数馬(みつもり・かずま)
○年金問題に執念を燃やす政治家・・・西郷竜一郎(さいごう・りゅういちろう)
○与党 民自党党首・・・川上一太(かわかみ・いった)
※ 日本人に読まれることを想定しているため、日本的な名前にしているが、他意はない。
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<前回までのあらすじ> |
毎夕新聞は、自殺した数理課の三森数馬の日記の第二弾を掲載した。それは、年金積立金が省庁の外郭団体につぎ込まれ、実態はなくなっているというものだ。その金で年金局企画課の斎藤誠太郎課長補佐が風俗店で接待を受けていたという記述について、保勤省の絹田次官は記者会見で「創作」と決めつけた。
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「数馬の日記は創作のはずがありません。あの子が命をかけて書きつづった日記に対して、なんて失礼なことを言うのでしょう」
三森洋子の声は震えていた。電話だから見えないが、体もがくがく震えていることだろう。すぐに声が出てこない。
それもそのはず。保勤省の絹田清明次官が記者会見で数馬の日記を「創作」と決めつけたのだ。
「こうなったら、私、どこにでも出ます。きのうから、いろんな新聞やテレビの取材の申し込みが入っているのですけど、西山先生との約束もあったので断ってきたのです」
「私も同じ気持ちです。毎夕新聞もばかにされたと思っています。とにかく、会ってお話をしませんか。西山先生に連絡をとってみますので」
鈴風は、電話を切ると、すぐに東都大学の西山研究室に電話をした。「西山先生との約束」とは、毎夕新聞での連載が終わるまでは、日記を公表しないことだ。
鈴風にしてみたら、連載中に日記を公表されたのでは、公開中の映画の結末を発表されてしまうようなものだ。より多くを読者に伝えるためには、この約束を守ってもらいたい。
すでに夜の9時を回っていたが、勘助は研究室にいた。
「三森さんが怒るのは当然だな。ただ、ここで短気を起こしちゃいけない。絹田という次官は、賢いやつだ。そんなことは計算づくで言ったことだろう。とにかく、三森さんと話をしよう。大学だと目立つから、都心に出るよ。いますぐ出るから、どこかのホテルの会議室をとってくれないか」
鈴風は、先輩記者の山下達哉に相談して、会社に近いグランドセンターホテルの会議室をとり、携帯電話で勘助に伝えた。もちろん、三森洋子もすぐに家を出た。勘助の指示で、わかる限りの記者の連絡先を手にしていた。
ホテル3階の会議室には、毎夕新聞から鈴風のほかにデスクの西ノ宮章と山下もいた。ここは、毎夕新聞にとっても勝負どころ。
日記を全部公表されては、連載を続けても読者の関心を失いかねず、そうはいっても、大手メディアにそっぽを向かれたのでは、これからの展開が難しくなる。
いかにしてニュースの主導権を握りながら、話題を広げていくかが問われるところだ。毎夕新聞のような中堅メディアにとって、対応を誤ると、年間売上高の数割にも影響しかねない事案だが、一方で、保守的な対応をすると、最初から失敗することは目に見えている。
西ノ宮は、いくつかの事件で、今回ほどではないが、売上を左右するような修羅場を経験している。山下はこうなることも含めて、経験豊富な西ノ宮をデスクに選んだのだが、それでも、3人は緊張して三森洋子の到着を待った。
先に到着したのは勘助だった。
時刻はすでに午後10時に近い。
3人の緊張した顔を見て、勘助の顔も一瞬あらたまったが、すぐにこう切り出した。
「時間がないので、結論から言いましょう。日記を公開してもらってはどうでしょう」
涼風が「えっ」という声を発したのと、西ノ宮が「それしかないですね」と言うのが同時だった。
勘助はあらためて笑顔を作り、名刺を差し出した。
「東都大学准教授の西山勘助といいます。きょうは、突然で失礼いたしました」
「こちらこそ、島谷がいろいろとお世話になっていると聞いています。デスクをしている西ノ宮章といいます。どうぞ、よろしくお願いします」
「島谷の同僚の山下達哉です。どうぞ、よろしくお願いします」
あっけに取られていた鈴鹿が聞いた。
「どうして日記を公開するんですか」
「世論の後押しが一番ありがたいということですね、西ノ宮さん」
勘助が言うと、西ノ宮はうなずいた。
「おっしゃる通りです」
そこに、三森洋子が到着した。
「みなさん、お待たせして申し訳ございません。私のために、こんなに多くの方に集まっていただき、申し訳ございません」
西ノ宮と山下があいさつをすませたあと、西ノ宮が切り出した。
「さて、三森さん、どうしましょうか」
「毎夕新聞さんには、よくしていただいて、本当に感謝しています。ただ、これだけ大きな反響があると、連日のように来る報道の人たちを無視するのは、本当につらいのです。それと、『創作』という絹田次官の言葉は許せません。ぜひ、多くのメディアにうったえたいと思いました。ただ、日記を公開せずに他社の記者の取材を受けることは私にはできません。西山先生との約束を守れないのは恐縮ですが、ここは日記を公開することをお許しいただけないでしょうか」
西ノ宮が「我々は異存ありません」と応じると、
勘助も「毎夕新聞さんが構わないというなら、願ったりでしょう。いまは世論を味方につけることが肝要です」と賛成した。
「ところで、三森さん、おでかけになる時に、マスコミはいませんでしたか。夕方に絹田次官の会見があったばかりですから、さぞかし、にぎやかだったことでしょう」
勘助が聞くと、洋子は買い物かばんを見せて笑った。
「そうなんですよ。だから、こんな買い物かばんを持ってでかけてきたんです。『こんな夜中に買い物ですか』なんて聞かれましたが、『このところ、買い物にも出かける時間がないものですから』なんて言いながら24時間スーパーまで行ったんです。さすがにスーパーの中までついてまわる記者はいませんでしたよ」
「では、これから記者たちに、ここに来てもらってはどうでしょう。これまでにお宅に来た記者の名刺は持って来ましたか。その人たちを呼びませんか?」
勘助の提案に、西ノ宮も笑顔でうなずいた。
「そうしましょう。こんな時間ですから、ホテルの会議室は空いているはずです。『緊急記者』をしましょう。ただし、時間は午前1時からにして、前倒しで始めましょう。朝刊にぎりぎり間に合う時間なので、こちらの言い分が通りやすくなりますからね」
記者に余裕があると、次々に質問が出て、ちょっとした失言からとんでもない展開になることがある。これが締め切り間際となると、新聞記者たちは、とにかく記事を突っ込まないといけない。 最初の一言だけ入れて、とにかく記事を完成させることがあるのだ。
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