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コラム
今週のテーマ
 
(掲載日 2008.01.15)
<舞台> アジアのとある国
<設定> 大きな内戦が終わってから60年がたった。その内戦は民族対立に端を発し、10年にわたった。疲れ果てた国民は難民として周辺国に流れ出し、周辺国の治安悪化が進んだ。対立していた国民は、強い外圧を受けてようやく和解したのだった。もともと勤勉な国民で、交通の要衝にも位置していたため、戦後60年でその国は急速な発展を遂げた。その一方で、国民の間に新たな火種ができている。それは「年金問題」だった。
<主な登場人物>
 ○東都大学准教授・・・西山勘助(にしやま・かんすけ)
 ○保険勤労省年金局企画課課長補佐・・・斎藤誠太郎(さいとう・せいたろう)
 ○夕刊紙「毎夕新聞」の記者・・・島谷涼風(しまたに・すずか)
 ○保勤省年金局数理調査課・・・三森数馬(みつもり・かずま)
 ○年金問題に執念を燃やす政治家・・・西郷竜一郎(さいごう・りゅういちろう)
 ○与党 民自党党首・・・川上一太(かわかみ・いった)
※ 日本人に読まれることを想定しているため、日本的な名前にしているが、他意はない。
<< 第十一話「現代の焚書」 
<前回までのあらすじ>
自殺した保勤省年金局の三森数馬が書き残した「数馬の日記」が出版されたが、その日、保勤省が駅の売店などで大がかりな買い占めをしていたことが発覚した。毎夕新聞がそのことを伝えると、司法当局は保勤省の絹田清明次官と年金局の斎藤誠太郎課長補佐を逮捕した。それを受けて、毎夕新聞は斎藤誠一郎補佐とのインタビューを掲載した。
 
「斎藤さん!」
「明日香ちゃん? なぜ、君がこんなところにいるんだ」

 斎藤誠一郎の顔に浮かんだかすかな笑顔はすぐに消えた。島谷涼風の首にぶら下がった一眼レフのカメラと、手に持った大学ノートが目に入ったためだ。

 それもそのはず、ここは、深夜のグランドセントラルホテル。それも、自殺した保勤省年金局の三森数馬の母が、記者会見を終えて間もない会場の近くの廊下だったからだ。

 「斎藤さんは、ここにいたんですか。驚きました」
 「君こそ、どうしてこんなところにいるんだ。あの記者会見に出ていたのか」
 「そうなんです。いま、毎夕新聞にいます」
 「えっ・・・」

 驚く斎藤に、涼風は名刺を差し出した。
 「毎夕新聞 記者 島谷涼風」
 名刺を見た斎藤は、さっときびすを返して立ち去ろうとした。

 「待って。斎藤さん。大きな声を出しますよ」
 斎藤の足はぴたりと止まった。そして、ぎこちなく体を涼風に向け直した。

 「ちょっと、一緒に来てもらえますか。私たちは別室を確保しています」
 「そんなところに行くいわれはない」

 「ここで記者に取り囲まれたいんですか」
 「それは脅しだろう」

 「あなたが数馬さんにしたことよりはましでしょう」
 「それは言いがかりだ。それに、君の記事は一方的すぎるぞ」
 「じゃあ、聞かせてもらいましょう。とにかく、来てください」

 あまりの事態に、斎藤の心臓はバクバクいっていた。

 そういえば、明日香には、調子に乗って、言いたい放題のことを言っていた。 (ここは、冷静にならないと。こいつに、あることないこと書かれたら、本当に死ぬしかなくなる。なんとか話をしてみよう。)

 そんなことを考えると、かえって緊張する。体はほてり、頭は真っ白。やたらとのどがかわく。

 しばらく歩くと、涼風が立ち止まった。
「斎藤さん、私、明日香のことは会社では話していませんから。保勤省で会ったことがあるということにしてもらえますか」
「わかった。君が明日香でないほうがぼくにとっても都合がいい」
「そうよね。言いたい放題のことを言ってましたからね」
「・・・」

 斎藤が無言のまま涼風について行くと、涼風はホテルの一室に入った。中には、デスクの西ノ宮章、先輩記者の山下達哉、東都大学の西山勘助・準教授らがいる。

 「みなさん、保勤省の斎藤誠一郎課長補佐です。廊下でばったり会ったものですから、お願いして来ていただきました」

 すぐに立ち上がったのは勘助だった。
 「これは斎藤さん。ご無沙汰しております。保勤省でお目にかかったことがあります。こんなところでお会いできるなんて思いませんでした。島谷記者も強引なところがあるようですな」

 「西山先生、人聞きが悪いことを言わないでください。斎藤さんは逃げ隠れするような方じゃないということです。思い切ってお誘いしたら、気持ちよく来てくださいました」

 斎藤の強ばった顔を見ると、誰もそんなことは信じない。
 西ノ宮も立ち上がって、斎藤に椅子をすすめた。
 「ま、立って話すのもなんですから、どうぞ、こちらにおかけください。毎夕新聞デスクの西ノ宮章といいます」
 そうこうするうちに、山下が注文したルームチャージのビールとウーロン茶が運ばれてきた。

 西ノ宮が斎藤に飲み物をすすめながら話しかける。
 「ビールでも飲みませんか。我々はすでに飲んでいますし。ちょっとリラックスしてお話をしていただけるといいのですが」

 「いいえ、酒は遠慮しておきます。でも、のどがかわいたので、ウーロン茶をいただきます。もう、時間も遅いので、早々に部屋に戻りたいのですが」

 「確かに、もう3時になりますね。まもなく朝刊が配られる時間ですよ。我々は、このまま徹夜で新聞作りになりそうです。でも、すぐにあなたのことを書くようなことはしません。いかがですか、ちょっと協力していただけないですか」

 「そんなことするはずないでしょう。好き勝手なことを書いて。名誉毀損です。私も、絹田次官をはじめとした保勤省も、いつまでも黙っているわけではありませんよ」

 斎藤は、ムッとした顔で吐き捨てるように言った。それでも西ノ宮の表情は変わらない。

 「お気持ちはわかりますよ。でも、さっきの三森洋子さんの記者会見は迫力がありましたね。各紙の朝刊が出たら、川上一太首相も放置できなくなるでしょうね。絹田さんは、きのうの発言で、次官を辞めざるをえないんじゃないかな。まあ、斎藤さんもお疲れのようだから少し考えてください。あすにでも、改めてお話をさせていただけますね」

 絹田清明次官は西ノ宮の予言通りに辞める。翌日に改めて話をした斎藤は、さらに衰弱していた。

 斎藤の部屋で取材を終えた西ノ宮は、一緒にいた保勤省の職員に向かってこう話した。もちろん、斎藤にも聞こえるように。

 「言うまでもないことですが、斎藤さんから目を離さないようにお願いします。我々も、そろそろ個人攻撃はやめないといけないと思っています。問題は年金制度そのものなんですから」

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