| (掲載日 2008.05.27) |
<舞台> |
アジアのとある国 |
<設定> |
大きな内戦が終わってから60年がたった。その内戦は民族対立に端を発し、10年にわたった。疲れ果てた国民は難民として周辺国に流れ出し、周辺国の治安悪化が進んだ。対立していた国民は、強い外圧を受けてようやく和解したのだった。もともと勤勉な国民で、交通の要衝にも位置していたため、戦後60年でその国は急速な発展を遂げた。その一方で、国民の間に新たな火種ができている。それは「年金問題」だった。 |
<主な登場人物> |
○東都大学准教授・・・西山勘助(にしやま・かんすけ)
○保険勤労省年金局企画課課長補佐・・・斎藤誠太郎(さいとう・せいたろう)
○夕刊紙「毎夕新聞」の記者・・・島谷涼風(しまたに・すずか)
○保勤省年金局数理調査課・・・三森数馬(みつもり・かずま)
○年金問題に執念を燃やす政治家・・・西郷竜一郎(さいごう・りゅういちろう)
○与党 民自党党首・・・川上一太(かわかみ・いった)
※ 日本人に読まれることを想定しているため、日本的な名前にしているが、他意はない。
|
|
<前回までのあらすじ> |
保険勤労省年金局数理課の三森数馬の日記は、国民福祉庁職員の跡出直輔にも衝撃を与えた。自分たちが守ってきたコンピューターシステムの問題点を見事に指摘していたためだ。跡出は、日記を読んだ翌日、国福庁幹部のところに駆け込んだが、まるで話にならない。そこで、年金問題の追求で知られる下院議員の西郷隆一郎の事務所に電話をかけたのだった。 |
|
国福庁の跡出直輔の電話を受けた下院議院の西郷隆一郎は、すぐに議員事務所に来てほしいと話した。
こんな時に現場の声がきけるのは、どんな話でも歓迎だ。ましてや、相手は国福庁のコンピューターシステムについて話したいという。電話を切ってからすぐに別件をキャンセルした。
30分ほどして跡出が事務所にやって来た。50歳代半ば。はっきり言って、風采のあがらない、いかにも役人らしい物腰の男だ。西郷は少しがっかりしたが、そんなことはおくびにも出さず、事務所のソファーをすすめた。
「こんな時間に私の事務所などに来て大丈夫なのですか」
「ええ、いつもだったらこうはいきません。でも、きょうは、役所にいても、どうせバタバタしていて何もできやしません。みんな、落ち着かずに行ったり来たりしていますから、1人ぐらいいなくてもわかりません」
「それにしても、わざわざお越しいただき、ありがとうございます。さっそくですが、お話を聞かせていただきましょう」
跡出は、昨夜に考えたこと、自分がこれまでに経験したこと、朝の管理部長との会話と、とりとめもなく話した。
「なるほど、2月30日があるコンピューターシステムなんて聞いたことがないですね。普通は、そんな入力をしたらエラーメッセージが出るようにすべきですよね」
「これは、氷山の一角にもならない話です。たとえば、今は、年金記録は、会社が入力した磁気媒体を各地の国福事務所に持ってきてくれますが、国福事務所はそれをプリントアウトして事務所内の決済を求めます。
でも、誰も中身を改めることはせず、そのまま倉庫行きです。バックアップのためならば、入力をする前の原本かコピーを持ってきてもらうべきだと思うのです。コンピューターが入ってきても仕事は昔のまま。おかしいと思ってもだれも口にしないのです」
「なるほど、裸の王様ということですね。どうすればよいと思いますか」
「まず大切なのは、コンピューターがないと仕事にならないということをきちんと理解することです。そして、コンピューターを使いこなすために仕事の流れを再構築することです。これまでの仕事の手順を変えずにシステムを作ろうとすると、大変な費用がかかりますから」
「そんなのは、民間企業では当たり前のことですね。年金の仕事といっても、分解していけば、普通の企業の事務処理と同じところもありますから、汎用システムをできるだけ使うべきです。それをしないと、巨大システムを一からオーダーメイドするわけですから膨大な費用がかかります」
「ところが、役人は、そういうことに強いアレルギーがあります。やれ機械に人間が使われるとか、労働強化だとか。でも、実態は新しいことを覚えるのがいやなだけです。これまでも、システム開発会社によっては仕事の見直しを提案してきたところもありました。
でも、忙しいとか、急用が入ったとか言って、打ち合わせ自体が行われない。業者は仕方がないから天下りを受け入れる。でも、天下りも、同じです。結局、従来の仕事を前提にシステムが作られる。そのうち、業者も気づきます。『複雑なシステム』には、ほかの業者が入りにくいのです」
「それで、天下り・高値発注が常態化してきたわけですね。民間なら、費用対効果を考えて、どうしたらもっと安くなるかという発想が出てきますが、役所は国民の金を使っているなんて意識がないということですね。本当はいいシステムとそれに合わせた業務手順ができると、仕事は楽になるのですがね」
「もっと悪いのは、費用が、保険料から出ることになっている点です。保険料は、税金と区別されて管理されています。自分たちで集めてきた金という意識がありますから、何も文句を言われることはない、という意識です。それに、仕事がスムーズにいかなくても、時間内にできなかった仕事は残しておけばよいだけなのです」
「なるほど、よくわかりました。きょうは、本当にありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました。話をさせていただいて、これまで疑問に思っていたことが自分なりに整理できたように思います。こんなことは職場では話せません。天動説の時代に『地球は回っている』と言うようなものです」
「わかりました。それでは、私が外から『地動説』を唱えましょう。今後も、いろいろと相談に乗ってください」
西郷事務所を去る跡出の眼光は鋭く、別人のような顔つきになっていた。
西郷は、翌日の国会で質問に立った。
「年金の問題は、いろいろな指摘がありますが、1つは記録問題で、それも、コンピューターシステムに大きな無駄があります。そして、その場限りの将来見通しですね。私がかねてから指摘していますが、これは、その場をやりすごせばいいという官僚の意識が露骨に出ている問題といえます」
「あと、税方式がいいとか、保険方式がいいとか、したり顔で適当なことを言っている人たちがいますね。そういう人たちは、現場のことになると何も言えないから、うれしいんですね。でも、どんなに建て付けが立派な仕組みを作ったところで、器がザルではどうしようもないですね」
|
|
|
|