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医療とリーガルリスク
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福島県立大野病院事件の判決文全文はこちらから
(掲載日:2008.09.26) 
福島県立大野病院事件の弁護団が、
検察側と公判前整理手続き開始
(掲載日:2006.08.02) 
 福島県立大野病院事件の弁護団は7月21日、公判前に検察側とお互いの主張と証拠を提示して争点を絞り込む「公判前整理手続き」の第1回目を終え、初公判に向けた一歩を踏み出した。公判前整理手続きとは、事件の迅速な解決を目指すことを目的に2005年11月に改正刑事訴訟法で施行された新制度。この事前協議で提出された主張や証拠を基に審理されるため、公判では通常見られるような新事実の提出は認められない。このため、争点が少なく、早期解決が望める一部の事件についてのみ行なわれるという特徴があるとされる。大野病院事件の早期解決に向けての第一歩となるか、この公判前整理手続きの行方に注目が集まりそうだ。

第1回公判前整理手続き後に発表した声明文は、以下の通り。

平成18年7月21日
報道関係者各位
加藤医師業務上過失致死裁判に関するコメント
弁護士一同

 福島県立大野病院の産科医である加藤医師は、本年3月10日業務上過失致死及び医師法違反の罪に問われ、起訴され、本日第1回の公判前整理手続きが行われました。

 起訴事実は、死亡した女性の帝王切開手術に際し、(1)女性が全前置胎盤患者であり、前回帝王切開創部への胎盤の付着を認めていた上(2)女児が生まれた後、女性が「胎盤癒着」の患者であることを認識したので(3)このとき胎盤剥離を継続すれば胎盤剥離面から大量出血して女性の生命の危険があったのだから、(4)直ちに胎盤剥離を中止して子宮摘出手術等に移行して胎盤を子宮から剥離することに伴う大量出血による女性の生命の危険を回避すべき注意義務があるのに(5)胎盤剥離を中止して子宮摘出手術等に移行せず、クーパーを用いて漫然と胎盤の癒着部分を剥離した過失により、(6)胎盤剥離面からの大量出血により女性を失血死させた──というものです。

 本件において、女性が亡くなっていることに関し、その女性、ご家族に対しては心から哀悼の意を表するものです。

 しかしながら、女性に対する加藤医師の処置には、業務上過失致死罪に問われるべき過失はなかったと考えております。

 本件は女性が癒着胎盤という疾患のために、不幸にして亡くなった事例ですが、癒着胎盤は1万分娩に2〜3回発生するかどうかというごく稀な疾患です。産科医が一生のうちに1例か2例遭遇するに過ぎない、あるいは遭遇しないこともあり得るような疾患といえます。

 癒着胎盤の事前の診断は、極めて難しく、穿通胎盤(percreta)という極めて高度の癒着は比較的事前診断が容易とされていますが、狭義の癒着胎盤(accrete)、嵌入胎盤(increta)という軽度、中等度の癒着が術前に判明することはまれです。癒着は通常、児の分娩後、胎盤が自然に剥離(いわゆる後産)せず、胎盤を物理的に剥離する過程で初めてわかるのであり、その程度を含めた正確な病名は、事後の病理診断をまたなければ判明しません。

 ただ、癒着胎盤になりやすいタイプの妊娠の類型が存在するので、そのような類型の妊娠においては、医師は癒着胎盤の可能性を考慮し、それに備えますが、胎盤癒着の可能性が低いと診断される場合には格別の準備はしません。

 本件で加藤医師は、子どもを娩出させた後に、胎盤を剥離させるという処置をするまでは、癒着胎盤であることは認識しておりませんでした。

 また、癒着胎盤の症例(特に帝王切開の術中に癒着胎盤と判明した場合)では、癒着判明後直ちに胎盤剥離を中止して子宮全摘出に移行する場合よりも、胎盤を剥離させる作業を継続し、その後の出血等の状況を見た上で、剥離を継続するのか、剥離を中止して子宮動脈の遮断術あるいは子宮全摘出に移行するのか判断することが多いのが臨床の実際です。

 胎盤が剥離できないままでは、子供が娩出された後も子宮の収縮不良は持続します。つまり胎盤を剥離させない限り出血が持続するのです。通常のお産では、子供が娩出された後子宮が収縮し、胎盤に血液を供給している子宮筋層内の血管部分周辺が収縮して出血が止まります。従って、癒着胎盤であっても、胎盤は剥離させるほうが、出血を押さえることができる場合は多いとも言えます。胎盤の剥離によって出血が止まれば、そのまま処置を終えますし、もし出血が止まらなかったり、胎盤を剥離させることができなければ、次に子宮動脈の遮断を試み、最終手段として子宮を摘出するという決断にすすむわけです。

 本件では、事前に子宮摘出に至る可能性があることは説明していましたが、女性は子宮を摘出しないことを希望していたこともあり、加藤医師はできるだけ子宮を温存する方向での処置を選択し、胎盤剥離の処置をしております。

 ただ、胎盤剥離後、出血が止まらず子宮摘出を決断しましたが、子宮摘出手術は、母体の血圧が安定し、輸血が十分できる状態にならなければできないために、加藤医師はペアン(手術器具)による子宮動脈の遮断をおこない、止血の処置をとり、輸血血液が届き、母体の状態が安定してから子宮を摘出しました。子宮摘出後も母体の状態は安定していましたが、最終処置の直前に、女性の容態は急変し、亡くなられたわけです。

 加藤医師の処置は、産科医と外科医、麻酔科医の三人で帝王切開に対応しているいわゆる一人医長の病院でできる限りのものであったと考えております。本件における女性の死は、担当医が加藤医師だからもたらされたものではなく、加藤医師ではない別の産科医が担当していても起こりえたことです。

 このように、加藤医師の処置に関し、一般の水準の産科医として欠けるところはなかった、すなわち過失はなかったと言え、その点は今後の公判で争うことになります。

 しかしながら、本件の問題点は、加藤医師が過失を争わなければならないことだけではありません。

 加藤医師のように、年間200人以上の新生児をとりあげ、年間40人の帝王切開を担当している医師が、明白な過失もなく、患者さんが亡くなったという理由で、逮捕されてしまったということの意味は大きいと思われます。患者さんが医療の途中で死亡するということはどんな治療にも内在する危険です。そもそも医療は身体の侵襲行為であり、危険を伴うものです。患者さんの持つもともとの様々な因子によって、何でもない医療行為で亡くなる可能性も否定しきれないのです。また、その患者さんの住む地域が、僻地であるがために、例えば東京に住むものと同じレベルの医療を受けることができずに亡くなる可能性は常にあるのです。

 このような医療行為の特殊性や地域の特性を考えたとき、患者の死という結果からレトロスペクティブ(後方視野的)に過失を探し、それを業務上過失致死という犯罪、例えば酒気帯び運転による交通事故で人が亡くなったときと同じ罪に問うことに疑問を禁じ得ません。 医療過誤の裁判は年々増え続け、患者さんが亡くなっている事件もかなりの数になっていると言われます。しかし、加藤医師を起訴した論理を貫けば、全ての医療事故によって患者が亡くなれば医師は業務上過失致死罪に問われかねません。しかし、厳しい労働条件の下で、医師としての誇りと良心を支えに医療行為に従事する者に対し、このような結果は酷に過ぎます。全ての医師に神になれとわれわれは要求することはできるのでしょうか。

 そして、国の無策からきた産科医不足という現実の中で、24時間、365日オン・コール態勢の中で、身を粉にして働く地域医療の担い手を逮捕・起訴することに妥当性はあるのでしょうか。現に加藤医師の逮捕により、大野病院の産科は閉鎖されました。住民にこのような犠牲を強いるほどに、加藤医師の逮捕・起訴は価値あるものでしょうか。それにより国民が得るものは何なのでしょうか。

 本件の裁判は、すぐれて今日的な観点を提供するものです。医療の現状、医療の限界、医療の危険とは何なのかという、ややもすれば見過ごされてきた問題点を浮かび上がらせています。地域医療が直面する現実を知らせてくれております。そして我々に、そのような問題に我々がどう対応すべきなのかということを考えさせ、どこまでが刑罰をもって規制されるべき限界なのかというような問題点にも向き合うことを求めています。

 この裁判に意義があるとすれば、そのような問題点を認識する機会であるということですが、ただ遺憾なのは、それを加藤医師が、自らの業務上過失致死事件の裁判という、人生を左右するような状況で個人的に担わされていることです。

 私たち弁護団は、可能限り医学的検証を徹底する努力をしたいと考えています。真に問われるべき過失が当該医師にあったと評価できるのかを問いたいと思います。また、刑罰を科さねばならない過失と言うべきなのかを問いたいと思います。

 報道関係者には、加藤医師の裁判が提供する今日的な意味をご理解いただき、どうか、正確な医学知識と事実認識のもとで、事件を見続けながら報道していただきたいと考えております。

 以上
掲載元:周産期医療の崩壊をくい止める会のホームページ
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