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(掲載日 2006.03.10)
韓国ES細胞捏造事件の闇の奥
(Heart of Darkness)
<連載3> 韓国研究者のエクソダスの真相
澤 倫太郎
日本医科大学生殖発達病態学・遺伝診療科 講師
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前稿では、慮武鉉大統領に対する支持団体と黄教授の論文疑惑事件の過熱振りをつなぐ1本のラインがインターネットを通じた「親北思想」普及であることを指摘した。黄教授が伝えようとした「なにか」を探るために、まず、この稿では、この「暗い影」の影響が、韓国の研究者たちに、どのような形で波及しているのか、筆者自身が直接、体験したエピソードとともに述べてみたい。
面白いことだが、個人攻撃を「祭り」にたとえて炎上する「しつこさ」が売りのわが国のブロガーたちも、今回の論文捏造事件に対する「アイ・ラブ・黄ウソク」に象徴される韓国国内の論議の過熱ぶりには「いささかうんざり」しているという。彼らの反応は、ある意味正鵠を射ている。政治思想はしばしば「ファナティック:狂信的」な側面をもつのである。
その視座から見れば、所詮個人の感想の吐露のレベルにしかすぎない、わが国の反韓ブロガーたちが「うんざり」するのも、極めて正常な生理的反応なのである。しかし、うんざりしていたのは日本人ばかりではない。同じように、韓国の研究者たちが「半島統一」思想による支配に対して、不安や反発を感じてもおかしくはない。
研究者のメンタリティは面白い。先進国、開発途上国や宗教を問わず、どの国においても共通しているのは、国家や法に支配されるのを激しく拒むことである。ヒトクローン個体の誕生をメディアに公表し、「神をもおそれぬ所業」として世界中を震撼させた医師団の本拠地が、皮肉にもバチカンのお膝元であった事実は決して偶然ではない。
異論を承知でいえば、宗教上の教理のタブーを突破した先にこそ、科学の進展があると信ずるのは、「
ダ・ヴィンチ
」以来の研究者たちの伝統であり、貴重な経験知なのである。そしていま、自分たちの将来にもっとも強い不安を抱いているのは、韓国の研究者たちなのだ。
ここで筆者自身が経験したエピソードについて触れておこう。
以前に、来日した韓国の産婦人科医会の重鎮たちが小さな研究会を開催し、筆者が依頼されて講演をしたことがある。ときはちょうど韓国政府が突然に外交姿勢を転換した直後の初冬であった。そのときの講演内容は、たしか日本医師会の医賠責制度
(注1)
についてであったように覚えている。
韓国の医師集団は、親日家が多い。特に生殖医療にたずさわる医師同士は、クライエントが、血族を重視するという欧米には見られない文化土壌を共有する背景もあってか、親交が厚い。黄ウソク教授は畜産工学という生殖医学とのリエゾン領域の研究者だが、彼が北海道大学に留学経験があった事実も、文化土壌を共有する証明のひとつだろう。
忘れられないのは、その研究会の後の宴席でのことであった。もともと親日家であるということに加えて、韓国人気質の特徴でもあるのだろう。かれらは初対面でも、ひとたび友人と認めるや、極めて私的な相談をもちかけてくる。
「実は、息子家族をアメリカに移住させたいのだが、どこの研究施設がいいだろうか?」
と筆者に打ち明けたのは、韓国でも有数の病院の理事長であった。かれの息子は優秀な周産期医療の研究者であり、筆者も面識があったので、驚いて理由を尋ねると、彼は堰を切ったように語り始めた。
「いまの政権はあぶない。もうすぐ親日を糾弾する立法がなされるそうだ。自分は病院職員や患者たちに責任があるので、行動に移せないが、息子には自由な研究をさせてやりたい。多くの仲間や大学研究者も同様の考えを持っている」
これに対し筆者は「朴大統領のお嬢さん(朴正煕パク・チョンヒ大統領の長女の朴槿恵パク・クネ氏が率いる野党ハンナラ党)も頑張っておられるではないか。医師集団のロビー活動は、集票能力をみても、まだまだ可能性はあるだろう」と返答した。
すると、彼はこう答えたのである。「政権が変わっても、官僚組織は変わらない。そして、彼らの多くがチュサパだ」
それまでアルコールで顔を赤くしながら、われわれの会話をつないでいた通訳氏も、このときばかりは真顔で頷き、自分の手帳に漢字を書いて筆者に示した。
「主思派(チュサパ)」
(注2)
この会話からお気づきになるだろう。韓国人研究者や医療関係者のエクソダス(国外脱出)が当たり前のように起きている事実を、われわれは見逃してはならないのである。
インターネットをツールにした「親北」思想の普及と、それに不安を覚える研究者たち。これら2つを重ね合わせると、技術的な支柱であった朴ウルスン研究員のピッツバーグ大学への派遣は、研究者特有の嗅覚から導き出した未来への解答ではなかったのか、との答えが浮かび上がる。そして、それは、半島統一に急速に邁進する韓国政府と、それを支持する思想に危惧を抱いた米国政府が用意したひとつの回答ではなかったのか―――。
この米韓両国間のせめぎ合いに板ばさみになった人物こそ、黄ウソク教授ではないだろうか。黄教授は、日本に留学経験がある。事件発覚前の昨年の来日時には、日本の新聞社の科学部記者の質問に、ひとなつっこい笑顔を作りながら日本語で答えて見せたという。国民の英雄として昇りつめた、いや、国策として作り上げられた英雄には「親日究明法」立法の過程はどう映ったのだろう。とにかく成果をあげなければ、という強い脅迫観念とその果ての捏造の動機が、彼自身の人並みはずれた出世欲からだと解釈するのは、どうしても無理なのだ。
そう考えれば、昨年末、事態の収拾を図るために渡米した黄教授に、韓国大統領直属の国家情報員が随伴していた意味も、ソウル中央地検の捜査対象者に、真っ先に出された処分が「出国停止」だった理由も、うなずけるのである。
そして、「親日究明法」が、メディア支配を補完する1つの方法として利用されていたことも忘れてはいけない
(注3)
。日本統治時代から発刊されている旧い歴史を誇る韓国3大紙ですら、政府機関の圧力を受けているぐらいである。韓国における論文捏造事件の報道に、偏りがあったことは否めないだろう。
それでは、そのような状況の韓国メディアから、事件の中枢にいた朴ウルスン氏の存在が、突然掻き消えたかに見えるのはなぜであろうか。見落としてはならないのは、彼女が持っていたのが「核移植技術」、言い換えれば「クローン胚作成技術」であることである。彼女とともに、この技術はどこに消えたのだろうか。
これに関連して、当初、韓国研究者チームの技術を手放しで絶賛していたはずのピッツバーグ大学のジェラルド・シャッテン教授が卵子の入手方法に倫理的な問題があると突然翻意を表明したことも忘れてはならない。シャッテン教授は何かに気づいた可能性がある。ここにも、また1つ、米国と半島統一路線に走る韓国政府の間のせめぎ合いの形が浮かんでくるのである。
次回は、論文捏造事件をめぐり、シャッテン教授が気づいた事件の流れの奥底に潜む「闇の奥」について、述べようと思う。そして、それはシャッテン教授自身の秘められた研究経歴にも関与してくるのである。
(注1)
韓国の臨床現場は日本からは想像もつかないほど過酷だ。医療上の紛争が、弁護士を間にはさんでの書類上の闘争だけで終わるわが国とは違い、韓国では、一族郎党がある日突然診療所に押しかけ、責任医師が文字通りつるしあげられることも珍しくないという。その点からも、かれらにとって死活問題でもある「患者サイドも納得する日本の医賠責制度の極意」を教示してもらえないかという極めて熱心な依頼であった。そこで講演では医賠責審議会というクローズドの審議過程が「第3者的で公平」であることが、弁護士会を含め、広く社会に認知されていることこそが、重要な鍵であろうという私見を述べた記憶がある。
(注2)
主体思想(しゅたいしそう/チュチェしそう)は、
朝鮮民主主義人民共和国
の国家方針を決定付けている指導思想。主体思想派(しゅたいしそうは=主思派:チュサパ)とは、
朝鮮労働党
の路線を支持する
韓国
の
左翼
を指す。「太陽政策に象徴される半島統一運動」の底流の上流にある「闇の奥」を、韓国保守派は警戒しているのである。
(注3)
2004年3月2日(3.1独立運動記念日の翌日)、韓国保守層の危惧のなか、国会を通過した親日行為究明法は、日本の植民地時代に独立運動弾圧や徴用に主導的に協力した行為を調査し、情報公開、資料保存をするのが目的。その後、対象範囲を大幅拡大した改正案改正案は、野党ハンナラ党の朴槿恵(パククンヘ)代表の父、故・朴正煕(パクチョンヒ)元大統領や、盧武鉉(ノムヒョン)政権に批判的な朝鮮日報、東亜日報等が対象に加わるため、「歴史清算の問題」から「政治論争」に発展している。
<連載4> 「テトラの光る眼―封印されたクローン技術の悪夢」へ >>
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