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(掲載日 2006.03.24)
韓国ES細胞捏造事件の闇の奥
(Heart of Darkness)
<連載4> テトラの光る眼―封印されたクローン技術の悪夢
投稿者  澤 倫太郎
 日本医科大学生殖発達病態学・遺伝診療科 講師

ブラジルから来た少年 「ローズマリーの赤ちゃん」で知られるアイラ・レヴィン原作による、1978年のイギリス映画「ブラジルから来た少年」(フランク・シャフナー監督、ローレンス・オリビエ、グレゴリー・ペック主演)が描いた「ヨーゼフ・メンゲレの悪夢」とは、独裁者の庇護の下で、誰の批判(ピアレビュー)も受けることなく暴走した優秀な研究者の悲劇的な結末。それは、ナチス独裁者の複数のクローン個体の産生であった。

  ここで、もう一度、強調しておきたいのは、消えた胚培養士(エンブリオロジスト)朴ウルスン研究員の生命工学技術とは「ES 細胞の樹立」ではなく、「高等哺乳類の体細胞移殖技術(クローニング技術)」という点である。ES細胞樹立とクローン胚の作成は違う。クローン胚の作成では、卵子の核を脱核し、代わりに体細胞核を移植、電気刺激を与えて体細胞核の分裂を促す。

 人間は約10万個の遺伝子を持っており、DNAの長さは、細胞1個あたり2メートルにもなる。このDNAは細胞の核の中で集まって46本の染色体と呼ばれる太いひも状の形の蛋白質として存在している。つまり、人間の体の細胞は46本の染色体をもっているわけだが、生殖細胞と呼ばれる精子と卵子の細胞には、減数分裂とよばれる特殊な分裂によって、体細胞の半分の23本の染色体しか存在しない。

 通常の生殖活動で生まれてくる新生児は、父親の精子からの23本の染色体と、母親の卵子からの23本の染色体が一緒になってできるため、46本の染色体をもつことになる。新生児のもっている遺伝子の半分は父親から、半分は母親から由来している、ということである。

  一方で、体細胞に置き換えられた核移植胚から育ったクローン新生児は、提供された体細胞とまったく同じ染色体(遺伝子)でできている。それゆえ体細胞クローン個体の産生は、アダムとイブの生殖活動を必要としない無性生殖と呼ばれ、これがキリスト教、とくにカソリックでは教義に反すると糾弾される理由になっているのである。

 朴ウルスン氏の「そっと搾り出す核移法(soft squeeze法)」は、ピペットで機械的に遺伝物質を除去する従来の方法と違って、核を脱核する際に残りの細胞質を損傷することなく核をとりだせるという技術的特徴がある。したがって体細胞を核移植されたのちも、細胞の分裂能力が衰えることがないとされる。分裂を開始した細胞は、5〜6日で細胞数140個ほどのボール状の胚盤胞といわれる状態にまで育つ。この胚盤胞まで分裂させることが、これまでは非常に困難であったことから、シャッテン教授が当初、朴氏の技術を絶賛したのもうなずけるのである。

 この時点で胚を壊し、内部の細胞塊をフィーダー上で培養・増殖させたものがES細胞(核移植nt ES細胞)である(この胚を壊すという作業が宗教的に問題視され、米国では、大統領認可の株以外の新規のES細胞の樹立に公費投入が認められていない)。一方で胚を壊すことなく、代理母の子宮に胚移殖して育てたものがクローン個体となる。

 シャッテン教授と韓国研究者のグループが、アカゲザルの核移植ES細胞樹立を世界で初めてクリアした際に、ブレークスルーの技術として用いられたのが、この「そっと搾り出す核移法(soft squeeze法)」だった。だとすると、朴氏の作ったクローン胚を使って、シャッテン教授がサルのクローン個体を作成するようなことはなかったのだろうか。

 言うまでもない。シャッテン教授は作成を試みたのである。135個のクローン胚を作成し、25匹のアカゲザルの代理メスの子宮に胚移植したが、妊娠を継続するまで至らなかったという。教授は、メディアのインタビューに「この方法は連邦法にも州法にも違反しないし、ヒトで行うには倫理的に実現不可能な治療目的クローンの実験も可能になる」と答えている。

  しかし、代理母になるメス猿を25匹しか使わなかったのが事実なら、可能であることを知りながら、敢えて「サルの体細胞クローン個体」の産生を封印した、とは考え過ぎであろうか。そう考えざるを得ない理由が、シャッテン教授の研究経歴に隠されている。

 米国における猿のクローンのメッカといえば、今回の事件で有名になったシャッテン教授の現在の所属先、ピッツバーグ大学に限らない。もう1ヶ所、オレゴン州ビーバートンにあるオレゴン地域霊長類研究センターが存在することを忘れてはならない。同センターは、1997年、イギリスのロスリン研究所のクローン羊「ドリー」(米国人気歌手ドリー・バートンにちなんで名づけられた)の発表とほぼ同時期に、クローン猿の作成に成功したと報道され、世界中の賛否両論を巻き起こしたことで知られる。当時、米ワシントン・ポスト紙は同年3月2日付紙面で、「ヒトと近縁の動物であるサルを使って、人工的な複製生物である『クローン』を作り出すことに米国の研究者が成功した」と報じている。

 研究に携わったのは、オレゴン地域霊長類研究センターのドン・ウルフ研究員らのグループ。そして、シャッテン教授は当時、この研究センターの筆頭研究助手(Senior Scientist)をしていたのである。

 1997年のクローン作成では、体外受精して卵割を始めた段階の細胞から取り出したDNA(割球の核)を、DNAを除去した別の卵細胞に注入。生育を始めた9個の細胞を別々の雌ザルに移植したところ、そのうち3匹が妊娠。その後、胎児の段階で1匹が死亡したが、妊娠した2匹は無事に出産した。生まれたサル2匹は正常に発育しているという。ウルフ研究員は当時「遺伝的に同一なサルを作れるかどうかを研究する目的で行った実験」と語り、成獣のサルの体細胞を使ったクローンを作る計画はないと述べている。

 猿のクローン作成をめぐるシャッテン教授の関与は、これにとどまらない。このときの手法を発展させ、2000年には、「テトラ」と呼ばれる明るい眼をしたアカゲザルのクローン個体の産生にも成功している。つまり、シャッテン教授は、サルのクローン個体作成において、精通した知識を持っている数少ない研究者の一人であると言えよう(著者注:テトラは「正四面体」の意。初期の胚を4分割して代理母の子宮に戻したことからテトラと名づけられた)。

 体細胞クローンの正常な生児獲得率(生きて生まれる赤ちゃんを得る確率)は非常に低い。正常な個体を作り出すためには、クローン胚を移植する代理母の雌が100匹は必要とされる。しかも、実際にはヒトの体外受精と同様に、1匹の代理母に複数個の胚を一度に移植したうえでのことである。テトラにしても、107の胚を2つまたは4つに分割して、368もの胚を作り、メスのサルの子宮内に戻し、妊娠に成功したのは13回試みて4回だけ。その過程で生き残った唯一の個体なのである。

 したがって、シャッテン教授が、朴氏の作ったクローン胚の作成を試みた際に使った代理母のメス猿を25匹に絞ったのだとすると、クローン個体ができる可能性を敢えて低く抑えたのだと言えなくはないのである。

 成功率の低さをもうすこし具体的に説明しておこう。畜産産業において、高品質の個体のクローンを作成することは重要な命題であり、日本でも複数の農業試験場でウシ・クローン個体が作成されている。黄ウソク教授が北海道大学に留学経験をもつエピソードからもわかるとおり、日本の畜産工学技術は世界的にみても非常に優秀である。このため、成功例として挙げるのに適していると思われる、そのウシにおいてさえ、体細胞クローンの正常な生児獲得率は2%程度。マウスでは、1〜2%の成功率である。

 それでは、どのような理由で成功率が低いのであろうか。マウスでは、代理母の子宮の中にクローン胚を移植するとその大部分は着床後6〜7日目で死亡し、出産まで到達するのは、わずか1〜2%である。その1〜2%が子供として生まれてくるのだが、今度は、その生まれてきた新生仔と胎盤に必ず異常が見られるのだ。ほとんどすべてのケースで見られるのが胎盤の異常(巨大化)である。

 この異常はウシのクローンにも見られ、羊水が多すぎる羊水過多という病態が合併する頻度も高い。生まれてきた新生仔に多いのが、肥満(LOS、large offspring syndrome)という現象で、生まれてきたときから巨大仔の場合もあれば、1年経過して肥満が目立ってくる場合もある。(注1)

  羊で見られる合併症としては、ドリーの兄弟姉妹に見られた呼吸器の異常(肺繊維症)が有名だ。ドリーが2003年2月14日に6歳という短命で死んだときも、死因は肺疾患羊で見られる合併症としては、ドリーの兄弟姉妹に見られた呼吸器の異常(肺繊維症)が有名だ。ドリーが2003年2月14日に6歳という短命で死んだときも、死因は肺疾患(公式には肺炎と報道されている)だったのである。

 不思議なことに、この異常は、クローンマウスの雄とクローンマウスの雌を自然交配させて産ませた次の世代の子孫には伝わらない。つまり、親である雄と雌から引き継いだ遺伝子とは関係がないということである。このため、遺伝子以外の要因(遺伝子外要因:エビジェネティック)によって引き起こされる異常だろうと考えられている。(注2)

 成功率の低さに加え、これらの合併症があることをシャッテン教授が知らないはずはない。それでも敢えて、クローン個体ができる可能性を封印したのだとすると、朴氏の技術が「高等哺乳類の体細胞移殖技術(クローニング技術)」につながる非常に高度なものだという認識があったからではないか。

  テトラとクローン羊「ドリー」の違いを比べてみよう。ドリーは、成体の細胞の核を別のヒツジの未受精卵に入れて誕生させた(要するに、地球上で初めて、オスの関与なしに誕生した哺乳類)。人間で言えば、からだの体細胞から核を取り出し、これを未受精卵に入れて、つくり出したクローン個体である。

 一方、繰り返しになるが、テトラは、非常に初期の胚を4つに分割し、その割球のひとつを別のメスの子宮に戻して、胎児として成長させ、そのメスから出産させるという方法で生み出された。

 ドリーのような核移植によって作成されたクローン動物は、遺伝的に完全に同一ではないことがわかっている。遺伝物質は核以外の部分にも存在するため、核移植クローンは、核が由来する元の成体の体細胞と、クローンを作るために核を抜いた卵子の、両方からの遺伝物質を持つことになるためだ。しかし、「テトラ」を生み出した手法であれば、遺伝子がまったく同一という、比較研究に最適な実験動物を多数生み出せる可能性が出てきたのである。同様の方法は、前述したようにウシなどでは一般的に用いられていたが、サルに応用されたことはなかった。

 このブレークスルーが、どれほど重要な意味を持ったのかを示すために、シャッテン教授がテトラ作成に成功した際に語った言葉を引用してみよう。

 「これで初めて、遺伝子がまったく同一のサルを作ることが可能になった」――。2000年1月、テトラ作成に成功したシャッテン教授はこのように語っている。「この技術は自然が行なうことをまねたもので、人工的に双子を作り出すのとまったく同じ。研究の目的は、実験用動物を作り出すことだ。新しい治療法を人間に試す前に遺伝子がまったく同一の動物を使って、必要な情報を手に入れることができる」。

 さらに、シャッテン教授は、「胚を分割し、1つは胎児として成長させ、もう1つを凍結しておくことも考えている」とも述べている。この段階の細胞は、体のさまざまな種類の細胞になる能力を保っており、凍結した胚は、後に「マスター細胞」として利用することができる。この種の細胞から、完全な移植用臓器を育てることもできるかもしれない。「こうした治療の可能性は、将来の人類の人生のあり方を完全に変えてしまうだろう。もはや糖尿病も、アルツハイマーも、心臓病もなくなる。組織の変性によるこれらの病気はすべて治療できるようになるのだ」(シャッテン教授)。

 また、母体環境によってIQ(知能指数)が変化するかどうか、妊娠期間中の影響が晩年になって疾患となって現れる可能性があるかどうかを調べるのに、遺伝子が同一のモデルで比較することもできる、とも語っていた。

 「1組の3つ子の胚を、3人の異なる母親の体内に移植するとしよう。1人の母親にはモーツァルトを聞かせ、もう1人にはヘビーメタル・ロックを、3人目にはナショナル・パブリック・ラジオ(全米ネットワークの非営利ラジオ局)などを聞かせることができる。あるいは、1人の子供を産んだ母親に、遺伝子的にまったく同じ赤ん坊をもう一度生ませることもできるかもしれない。こうしたことから、今日われわれが必要としている答えが与えられる」−−。

ローズマリーの赤ちゃん なんという気味の悪い偶然だろう。冒頭でも述べたが、ナチスの医学者ヨーゼフ・メンゲレが最も興味を抱き、そのライフ・ワークとして情熱を注いだ研究対象とは「一卵性双胎」なのだ。実際に「人工的に完璧な一卵性双胎を作り出すこと」こそ、彼の研究の最終ゴールであった。この歴史的事実に着想を得て、「ローズマリーの赤ちゃん」や「ステップフォード・ワイフステップフォード・ワイフの作者として知られるアイラ・レヴィンは、彼の作品「ブラジルからきた少年」の中で、ナチス独裁者のクローンの可能性を描いたのである。シャッテン教授が「純粋な科学による社会貢献」を行動原理として、行き着いた先は、皮肉にも「先端生命工学のもたらした21世紀のヨーゼフ・メンゲレの悪夢」だったのである。

  この背筋が寒くなる偶然に気づいたとき、「いっそのこと全てが捏造であってくれた方がいい」と願ったのは、筆者だけではないだろう。しかし拙稿「サブテロメア領域の刻印―染色体の片隅が叫ぶ真実」でも述べた通り、「科学ほど残酷で冷ややかなものはない」のである。そしてやはり、「話はこれで終わらない」のだ。

 ソウル大は今年1月中旬、ヒト・クローン胚から胚性幹細胞(ES細胞)を抽出したとする米科学誌掲載の黄教授の2論文について捏造と断定した。クローン犬は本物だと発表していたが、それを結論付ける検証結果は示さなかった。しかし、メディアにおける論文捏造事件の熱が冷めたかにみえた3月上旬、英科学誌ネイチャーは、2006年3月9日号で、黄ウソク教授らが「世界初の体細胞クローン犬」と同誌に昨年発表したアフガン犬「スナッピー」について、それぞれ「本物」と結論づけた米国立衛生研究所(NIH)とソウル大調査委員会による検証結果を掲載したのである。(著者注:このクローン犬は、「Seoul National University(ソウル国立大学)」の頭文字と子犬の意味の「puppy」の尻文字を取って「スナッピー」と名付けられた)。

 スナッピーについての詳細な検証内容が明らかにされたのは、これがはじめてである。論文によると、スナッピーは雄のアフガン犬「タイ」の皮膚細胞を、雑種の雌から採った核抜きの卵子に移植させてクローン胚にし、それを代理母役の犬の子宮に着床させ、誕生したとされる。

  ソウル大は、これら4匹の犬の血液や肺細胞のDNA配列を比較。スナッピーの細胞核のDNAはタイと一致し、ミトコンドリアという核外の細胞質にある器官のDNAが卵子を採取した雑種の雌と一致したことから真性クローンと結論づけた。そして、NIHの分析もそれを裏づけている。そして、検証結果を示した論文には、スナッピー誕生までに多くのクローン・アフガン犬の胚が流産や体内死亡したことも記されている。1095の実験胚を作成して、123匹の借り親の子宮に導入したものの、無事に生まれたのはたった2匹。しかも1匹は、生まれて22日目に肺炎で死亡した。そしてこの「貴種流離譚」の重要なキャスト、スナッピーの「代理母」はラプラドール・レトリーバーであった。

 捏造事件の果てに、最近になっての、この検証論文の掲載には意味があるのだろうか。論文の黄教授は幹細胞ハブに直接に関与する05年論文に関しては捏造の事実を検察当局に一部認めている。しかし04論文の偽造に関しては、なぜかかたくなに否定し続けているという。黄教授が世界に伝えようとした「何か」、そして、メディアから姿を消した朴氏の行方は、高度な個体クローニング技術をめぐる米韓両国の激しい駆け引きを暗に示しているのだろうか。

 シャッテン教授が突然、黄教授の研究を指弾する姿勢に転じた理由は定かではない。しかし、2005年12月、シャッテン教授は、胚性幹細胞(ES細胞)に関する黄教授の論文の共同執筆者から自殺者が出る可能性があるとして、韓国の知人2人に対し、対応を求める電子メールを送ったとされる。その「尋常ではない狼狽ぶり」から、シャッテン教授が、なんらかの想定外のシナリオに自分が巻き込まれつつあることを自ら気づいたか、あるいは、「何者」かの警告があった可能性がある。

 クローン・アカゲザル「テトラ」の技術、まごうことなき体細胞クローン・アフガン犬「スナッピー」の誕生。米国が懸念するのも無理はない。これらの先端生命工学の融合を応用すれば、その先にまたひとつの悪夢が見えてくるのである。

 このクローン技術を実用化する際に、超えなくてはいけない課題があるとすれば、それは高品質の未受精卵子、それに胚を育てる子宮(代理母)をどれだけ確保できるかという命題に集約される。

 クローン羊「ドリー」を誕生させた英ロスリン研究所のイアン・ウィルムット博士も1997年3月6日、ドリー誕生に関するプレス発表でこう述べている。

  「クローン人間の研究は法律で禁止すべきだが、クローン技術を人間に応用すれば、1、2年で『クローン人間』の誕生は可能になる。しかし、『ドリー』誕生に成功するまで、1000個以上の未受精卵(と同時に着床の場としての代理母の子宮)を使っており、このぐらいの困難を覚悟すれば、であるが」

 ここで、黄教授の支持団体「アイ・ラブ黄ウソク」のキャンペーンをもう一度思い起こして欲しい。すでに1000個に近い、おそらく健康で高品質のヒト卵子提供の条件はクリアされていると考えていい。そしてさらに、クローン産生に子宮を貸すという女性が数百人単位でいるとすれば、どうであろうか。

 そう。生命倫理の論点からも、人道上の理由からも、まず実現不可能と思われるこの命題を、やすやすと突破する伝統と下地が、韓国にはすでに存在するといったら、会員諸氏はどうお思いになるだろうか?非合法でおこなわれる代理母契約、それはインターネットによる闇契約なのである。

  そして、スナッピー作成について中央日報は、なぜか、「犠牲になった犬はたった1匹」と報道している。 これは、検証論文で発表された事実とは明らかに異なる。これがヒトに置きかえられたら、あなたはどう考えるだろうか。

 「確かなクローニング技術」―「豊富な研究材料としてのヒト卵子」―「インターネットによる代理母の裏契約」−「主思派(チュサパ)の暗躍」。これらが結ぶ1本の線のその先に、ひとりの独裁者の影を思い浮かべることを、「よく出来たシナリオ」と笑っていられるであろうか?

 一片の事実(FACT)の断片を、ジグゾーパズルをはめ込んでいくと、あってはならない真実(TRUTH)が見えてくる。光をあててはいけない闇があるとすれば、それは、真実(TRUTH)と現実(FACTS)の狭間にある闇なのかもしれない。その闇に光る双眸こそ「テトラ」の瞳なのだ・・・。

 次回は、韓国でインターネットによる代理母の裏契約が横行している現実と、親北思想という思想の一方的な普及に焦点を当て、インターネットの裏に隠された闇のカラクリについて解説しよう。


(注1)
2001年8月7日に全米科学アカデミー講堂において、ヒト・クローン個体産生に関する激論がかわされ、全米メディアの注目を集めた。討論の一方の主役はケンタッキー州の民間研究施設・男性病学研究所のPanay Zavos所長で、彼は協力者のSeverino Antinori医師らとともに極めて近い将来ヒトのクローン個体を作成すると発表し、会場は怒号とため息につつまれた。討論の相手はマサチューセッツ工科大学ホワイトヘッド研究所のRudolf Jaenisch博士であった。

 この学術会議では、世界初の動物のクローン実験に携わる研究者達が多くのデータを提示し、妊娠後期の早産、早期死亡、重篤な合併奇形が高頻度に発生することが明らかにされた。これらの事実から、ヒトのクローン個体産生は犯罪として罰するべきだとする結論に達した。

 多くの研究者は様々な動物種でクローン個体産生をこころみたが、これまでヒツジ、マウス、ブタ、ヤギ、ウシのクローン個体産生は成功したが、ウサギ、ラット、ネコ、イヌ、ウマ、サルのクローン化は失敗に終わっていた。ところが2005年、黄ウソク教授とジェラルド・シャッテン教授の研究者グループはこの壁をいとも簡単にクリアしてみせたのである。

 残る問題は個体として生まれてくるまでの環境・子宮である。クローン化が比較的容易とされるウシの場合でも、核移植後の卵子を子宮内移植、妊娠、出産、そして新生児まで成長する確率は1―3%である。ロスリン研究所の場合ではヒツジ卵子にクローン操作がおこなわれ、そのときに胚まで達したのが29個で、これらが13頭の雌ヒツジに移植され、最終的にうまれたのはドリー1頭であった。

 また動物種を問わずクローン個体にとって、致命的な合併症となるのが胎盤組織の形成の異常と、逆に個体が巨大化するLOS(large offspring syndrome)である。さらにLOSクローンには肺の障害が高頻度で合併する。ハワイ大学生殖生物学柳町隆造教授らによれば、「生まれたクローン動物の25―50%に呼吸器障害が合併している」とされる。

 ロスリン研究所で実際ドリーの作成にあたったIan Wilmut博士は「ロスリン研究所でのクローン個体は外見的な問題はなく、正常に食べたり動いたりしていたが、常に過換気状態で、この子ヒツジに同情した研究所スタッフの手により生後12日目に安楽死処理された」と語った。剖検では肺組織に硬く厚い筋肉組織ができており、これによって肺血管の狭窄がおこっていたことが明らかになった。「これがヒトの新生児におこったらどうするつもりか?どう治療するのか?」とWilmut博士は懸念を強調している。これらの事実から、ヒト・クローン個体産生は生命倫理の視点以前に、科学技術として、まだ乗り越えられない壁と対峙している。

(注2)
 ヒトゲノム計画(HGP)が完了した現在、最先端の生物学者たちの興味は、DNA同様に生命の根幹を成し、しかも未解明な細胞のプロセスにむけられている。そのうちの1つがエピジェネティック機構(epigenetic:遺伝子配列によらない遺伝システム)の解明である。

 最近の知見から、多様なエピジェネティック機構がDNAを経由せずに受け継がれることが示されており、その方法は不明だがメンデル遺伝以外の手段が推測されている。たとえば遺伝子発現の基本的な調節機構の代表としてヒストン・コードと呼ばれるシステムが報告され注目を集めている(Science. 2001: 1074-1080)。

 クローン技術に関連する研究のなかには、このエピジェネティック機構を解明するいくつかの鍵が隠されている。

 クローニングにおいて、移入された成人細胞の核を初期化するという再プログラミングはエピジェネティック機構の一部である。自然生殖ならば、こうした再プログラミングは卵子と精子が成熟するまで数ヶ月から数年かかる。再プログラミングがうまくいけば受精卵は順調な発生過程を経て、胚、胎児、ヒトへと成長していく。

 一方、体細胞核移植クローニングにおいて再プログラミングに割り当てられた時間は数分―数時間と極めて短時間でおこなわれる。

  ロスリン研究所のWilmut博士をはじめとする研究者によって、刷り込み遺伝子(imprinting gene)とよばれる遺伝子群が、エピジェネティックな再プログラミングのわずかなエラーで大きな影響を受けることが解明されつつある。

  通常ヒトの遺伝子は、両親から受け継いだ2つの対立遺伝子が一組となって機能する。しかしこの刷り込み遺伝子は片側の対立遺伝子のみが機能する。もう片方の対立遺伝子はエピジェネティック機構により、おそらく胚の発生初期に不活性化(サイレント化)される。

  刷り込み遺伝子はマウスとヒトですでに訳50個発見されており、Prader-Willi症候群、 Angelman症候群、 Beckwith ―Wiedmann症候群といった先天性疾患の発症原因であることが報告されている。Beckwith―Wiedmann症候群では、Wilms腫瘍の他、胎児の発育過多や舌や臓器の肥大など、クローン個体のLOSに類似した病像を呈することを指摘した報告もある(Rev Reprod. 1998: 3: 155-163)。

  刷り込み遺伝子による発現蛋白のうち、注目されるのはインスリン様成長因子U受容体(Insulin like growth factor U receptor:IGF2R)である。IGF2Rはマウスで刷り込み遺伝子によって刷り込まれていることはすでに報告され、よく知られている(Nature 1991: 349: 84-87)。その後研究者らはIGF2Rを欠損させたノックアウト・マウスの仔にBeckwith ―Wiedmann症候群類似の、すなわちクローン個体LOSと同様の病態(巨大児、肺形成不全)を呈することを明らかにした。マウスには確実にIGF2Rは刷り込まれている。しかしヒトではどうなのか?

  Duke大学医療センターのRandy Jirle博士らは、ヒト胎児75体と正期産の胎盤12個から、ヒトにはIGF2Rは刷り込まれている証拠はみつからなかったと報告した(Hum Mol Genet 2001: 10: 1721-1728)。さらに彼らは様々な哺乳類と鳥類の組織標本を検索し、IGF2R遺伝子の刷り込みはツパイやキツネザル以降の霊長類には認められないと結論した(Mamm Genome 2001: 12: 513-517)。「ヒトを含む霊長類は分娩にひどく苦労した。人類の遠い祖先では、おそらくエピジェネティックな変異により、刷り込みを失った胎児が通常の2倍のIGF2R遺伝子をもつようになり、胎児発育を調節するに至ったのだろう。」と推測している。さらにJirleらはIGF2R遺伝子の刷り込みがないために、ヒトの個体クローンではLOSの発生率が低いのではないかと推測している。この見解はWilmut博士がヒツジで得た最新の知見とも合致している(Nat Genet 2001:27: 153-154)。

 クローン個体の様々な病態がIGF2R遺伝子の刷り込みの異常だけではないという反論はある。しかしヒト・クローン研究により、遺伝子配列からどのような調節機構が存在し、蛋白(プロテオーム)が製造され、ヒトが発生していくのかというポスト・ゲノム時代の重要な新知見が得られているのもまた事実なのである。

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