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コラム
今週のテーマ
 
(掲載日 2007.11.20)
<舞台> アジアのとある国
<設定> 大きな内戦が終わってから60年がたった。その内戦は民族対立に端を発し、10年にわたった。疲れ果てた国民は難民として周辺国に流れ出し、周辺国の治安悪化が進んだ。対立していた国民は、強い外圧を受けてようやく和解したのだった。もともと勤勉な国民で、交通の要衝にも位置していたため、戦後60年でその国は急速な発展を遂げた。その一方で、国民の間に新たな火種ができている。それは「年金問題」だった。
<主な登場人物>
 ○東都大学准教授・・・西山勘助(にしやま・かんすけ)
 ○保険勤労省年金局企画課課長補佐・・・斎藤誠太郎(さいとう・せいたろう)
 ○夕刊紙「毎夕新聞」の記者・・・島谷涼風(しまたに・すずか)
 ○保勤省年金局数理調査課・・・三森数馬(みつもり・かずま)
 ○年金問題に執念を燃やす政治家・・・西郷竜一郎(さいごう・りゅういちろう)
 ○与党 民自党党首・・・川上一太(かわかみ・いった)
※ 日本人に読まれることを想定しているため、日本的な名前にしているが、他意はない。
<< 第九話「母の怒り」 
<前回までのあらすじ>
自殺した保険勤労賞数理課の三森数馬の母、洋子の記者会見で、「数馬の日記」が配られた。テレビはもちろん、翌日の新聞でも、会見の様子が伝わり、さらに翌日の新聞には「数馬の日記」の特集が組まれた。毎夕新聞は、「数馬の日記」を出版することを決めた。
 
 「こんな難しいことばっかり書いてあって売れるのかあ? おれは心配だなあ。130万部も刷っちゃって、返品の山になったら、毎夕新聞はおしまいだぞ」

 毎夕新聞の編集部で、刷り上がった「数馬の日記」をぱらぱらめくりながら、西郡光彦編集局長がぼやいている。

 「大丈夫です。これだけ世の中が騒いでいる時に出せるんですから。これは、雑誌スタイルで、駅の売店で売ることを想定していますから、気楽に買ってもらえるはずです。

 それと、おれ、ちょっと気になっていることがあるんです。確認できたら、増刷だってできると思います」

 デスクの西ノ宮章が、自信たっぷりに言っても、西郡は首をひねるばかりだった。

 5月25日の発売当日、毎夕新聞は、年金の大特集を組んだ。数馬の日記をもとに、東都大学の西山勘助准教授の監修で書いたものだ。

 「年金のウソ10連発/数馬の日記から/年保証なんてよく言うよ」というタイトルで、1面には次の見出しが大きな活字で並んだ。

 (1)「年金額は減らさない」は詐欺商法

 (2)「現役世代の半分確保」のごまかし

 (3)「給料が毎年2.1%上がる」のハッタリ

 (4)「少子化で財政悪化」は言い訳

 (5)「積立金の運用 年率4%」の本末転倒

 (6)「払った保険料の2.1倍」の子供だまし

 (7)「年金財政のため」と天下り先確保

 (8)「サラリーマンの年金」で進む崩壊

 (9)「女性のために年金分割」の大見得

 (10)「赤を黒」という年金財政

 (1) 新しい年金制度は物価が上がっても年金額はほとんど上げない。年金額は減らなくても、買えるものは減る。物価が上がれば年金額も上げないと国民の生活は守れない。

 元本保証を強調して、ほとんど金利をつけない預金みたいなもの。これでは詐欺商法だ。
(数馬の日記より)

 <解説> いまはデフレだから年金額が気になるが、新しい制度で物価が上がりだしたら年金の価値はどんどん落ちる。老後の安心のためには、いままで以上の備えをしておきたいが、貯金もインフレには弱い。収入がない高齢者にとって、物価が上がると年金額が上がる「物価スライド」は重要だ。

 (2)現役世代の可処分所得の半分を確保できるという。これは、ひどいごまかしだ。勤労者年金には現役時代の給料に関係なく定額が支給される共通年金がある。

 それが押し上げるから所得が低い人ほど、現役時代の給料に対して、年金額はよくなる。所得が高い人はその逆だ。おまけに、もらい始めた年金はあまり上がらない。現役世代に取り残されるのだ。
(数馬の日記より)

 <解説> 現役世代の半分を年金で確保できるというが、計算の根拠になっているモデルの年金額は夫婦でもらうものだ。一度も働かなかった妻にも共通年金は出ることを前提に計算したもので、夫だけが働いて収入を得るという、最近では珍しい設定。年金額が最高に評価される前提だ。

 夫婦で働けば、現役時代の所得は増えて、年金は本人の分しかもらえない。それぞれ単身を続けてきたのと変わらない。晩婚化で最初から主婦ということが希少であることに加えて、結婚後も働く女性が当たり前になっている。

 現実にはほとんどない設定だ。仮に、年金をもらいはじめた時に現役世代の所得の半分が確保されたとしても、現役世代の所得が増える前提の中で年金額は増えない。5割は維持できないということだ。

 (3)今どき、給料が毎年2.1%上がるなんて聞いて、真に受ける人がどれだけいるだろうか。ところが、テレビも新聞も、そんなことはまったく伝えない。よほど感覚が麻痺しているのか、頭が悪いのか、どっちかだ。
(数馬の日記より)

<解説> 大手メディアは本当にだらしがない。新聞なんて読んでいても、方向性を間違えるだけだ。給料が2.1%上がるということは、集まる保険料も2.1%増える。

 それが、その通りにならないということは、想定した給付ができなくなるということだ。2.1%が5年続くと、集まる保険料は1割は増える。

 いまは、逆に給料が減っている。このギャップをどう埋めるのか、聞いてみたいものだ。

 (4)出生率が減るから年金財政は大変なことになる。いかにももっともらしい。だが、支え手が減って大変な事態が明白になるのは、40年、50年先のことだ。
今年生まれた子供は、5年や10 年で働き手になるわけではない。
(数馬の日記より)

<解説>子供が減ったら支え手が減って年金財政が持たなくなる――。もっともらしい説明だが、実際は違う。年金財政は、いまの人口を前提に、今後生まれてくる子供がどのくらいいるかを加えて見通しを立てる。

 今年生まれた子供が働き始めるのは20年後。もし、想定より少ない子供しか生まれなかったとしても、全体に与える影響は誤差の範囲。少子化の影響がはっきり出てくるのは、40年から50年後だろう。

 若い人が減れば、比較的若い高齢者や、これまで外で働いていなかった家庭の主婦などが働き手として出てくるだろう。少子化は社会にとって大きな問題ではあるが、年金財政と結びつけるのは間違いだ。

 年金を食い物にしている保勤省の言い訳にすぎない。

 (5)笑ってしまうのが、賃金上昇率よりも、運用利回りのほうが高いという設定だ。働くより、資産を運用していたほうがいいという、あきれかえった前提。こうなると世界観の問題になってくるね。
(数馬の日記より)

<解説>ちょっと数字の話をしよう。保険料を払って、それを運用する。それを将来、年金で受け取る時に、運用をしていてくれたおかげで賃金上昇率を上回る結果が出ていた。

 要するに、少ない賃金でもまじめに働いていた人よりも、貯蓄をする余裕がある人のほうに恩恵がある。まじめに働くより、資産運用をしていたほうがよい結果を生む状態が続いたら、多くの人がまじめに働くだろうか。

 金持ちばかりに利益が配分されるとしたら、労働者は意欲をなくし、その金持ちへの配分もおぼつかなくなる。経済成長が国民の果実になることで経済は持続するべきなのだ。

 (6)勤労者年金は、半分が事業主の負担だ。それを抜きにして、社員の負担だけをもとにして、2.1倍もらえるということが、まずおかしい。

 おまけに高い利回りで年金の給付額を計算して、それを低い利回りで割り戻す計算をして見せる子供だましだから。
(数馬の日記より)

<解説>勤労者年金の保険料は、会社と社員が半分ずつ負担している。ところが、保勤省の計算には、会社の負担分が計算に入っていない。

 そのうえに、高い運用利回りを前提に、給付できる年金額を想定しているのだから、給付額が高くなるのは当然だろう。騙されている人たちには悪いが、これを「子供だまし」といわずにどうするのか。

<解説終わり>

 このあとは、今日発売の「数馬の日記」をお読みください。年金のウソは10ではすみません。あきれてしまう年金官僚の実態がわかることも請け合いです。

 「数馬の日記」はその日の早朝から首都圏の各駅の売店に並んだ。

 その日はなぜか、首都圏の各駅には、始発から多くのサラリーマン風の男たちが並んでいた。そして、次々に売店で「数馬の日記」を買う姿が見られた。それは通勤ラッシュになっても続いていた。

 首都圏のある駅でその様子を見ていた毎夕新聞デスクの西ノ宮章は、すぐに携帯電話をかけた。

 「予定通りに配本の車を出してください」

 こうして、男たちが買っていった販売店には、次々に新しい「数馬の日記」が並んだ。夕方の、毎夕新聞がスタンドに並ぶ時間には、さらに「数馬の日記」が運び込まれる。販売店は、売れる雑誌が山のように積まれる「平積み」の状態になった。

 そのころ、西ノ宮は、始発から買い占めていた男たちの後をつけていた。

 彼らは、セントラル市郊外のある宿泊施設に「数馬の日記」を運んでは、また、電車に戻っていく。西ノ宮は、手に手に「数馬の日記」を持つ男たちの写真を物影から撮り続けた。

 午後になると、その手には毎夕新聞も加わっていた。その宿泊施設とは、保勤省の研修所だった。                                        

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