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コラム
今週のテーマ
(掲載日 2008.03.11)
<舞台> アジアのとある国
<設定> 大きな内戦が終わってから60年がたった。その内戦は民族対立に端を発し、10年にわたった。疲れ果てた国民は難民として周辺国に流れ出し、周辺国の治安悪化が進んだ。対立していた国民は、強い外圧を受けてようやく和解したのだった。もともと勤勉な国民で、交通の要衝にも位置していたため、戦後60年でその国は急速な発展を遂げた。その一方で、国民の間に新たな火種ができている。それは「年金問題」だった。
<主な登場人物>
 ○東都大学准教授・・・西山勘助(にしやま・かんすけ)
 ○保険勤労省年金局企画課課長補佐・・・斎藤誠太郎(さいとう・せいたろう)
 ○夕刊紙「毎夕新聞」の記者・・・島谷涼風(しまたに・すずか)
 ○保勤省年金局数理調査課・・・三森数馬(みつもり・かずま)
 ○年金問題に執念を燃やす政治家・・・西郷竜一郎(さいごう・りゅういちろう)
 ○与党 民自党党首・・・川上一太(かわかみ・いった)
※ 日本人に読まれることを想定しているため、日本的な名前にしているが、他意はない。
<< 第十三話「再会」 
<前回までのあらすじ>
保険勤労省数理課の三森数馬が自殺した時に残した日記は年金問題に火をつけた。下院議員の西郷竜一郎は、その前から年金問題に取り組んでいたが、世間は必ずしも彼に注目はしていなかった。国会で質問するが、まともに取り合われない。保勤省のマスコミ対策が上手だったのだ。

  5月14日、毎夕新聞の島谷涼風は、東都大学の西山勘助准教授の紹介で、下院議員の西郷竜一郎と食事をしていた。

 西郷と勘助は、年金の議論を通じた知り合いで、勘助が教え子の涼風を引き合わせる形で持たれた会合だった。

 勘助 先日の質問は、かなり分かりやすかったですね。苦労したのではないですか。

 西郷 西山先生にもご協力をいただいて、一生懸命考えたのですけどね。マスコミはさっぱりですよ。記者クラブへの保勤省のグリップが強いこともありますが、年金について、本当に関心を持っている国民は少ないということなのでしょう。

 少なくとも、記者さんたちはそうですね。商売になるかどうかしか考えていません。保養施設のブルーランドに無駄な金を使っていた、なんていう話にはすぐに飛びつくんですけれどね。

 そんなものは多くても数千億程度の話じゃないですか。年金財政のごまかしは兆単位なんですよ。それを言っても、現実の生活から乖離しているからでしょうかね。なかなかまともに取り合ってくれません。  

 勘助 スズちゃん、議事録は読んだだろう。どうしてあんなごまかしが許されるんだ。毎夕新聞もブルーランド問題は特集を組んだりしていたじゃないか。

 役人が黒塗りの車に乗っているとか、ゴルフの練習施設を保険料で作ったなんて、チマチマしたことは一生懸命に伝えるのに、本質的で、国民の生活に本当に影響があることについては、何も書かないなんて、読者への裏切り行為だぞ。

 涼風 そんなにいじめないでください。私も、一生懸命言ったんですけど、だれも相手にしてくれないんですよ。

 西郷 まあまあ、西山先生、島谷さんをそんなに責めても仕方がないですよ。それよりも、これからどうしましょうか。我々だけで問題点がわかっていても、世の中は動かない。

 私も、選挙がありますからね。あんまり学者みたいなことばかりやっていても仕方がありません。でも、このまま年金制度を続けていたのでは、次の世代が納得しないでしょう。なんとかして伝えたいですね。

 勘助 記者クラブの提灯持ちをどうしたら変えられるかなんて、考えるのも情けない話ですね。とにかく、役所の言うなりですから。

 それで、時々、小さなことで役所を批判して胸を張ってる。適当に、メンツが立つ不祥事が起きてくれるのがちょうどいいわけです。

 西郷 そう怒らずに、西山先生。勤労者年金は、ずっと粉飾決算を続けているわけです。この間に、民間金融機関は、不良債権が大問題になって、どんどん潰れた。経営者も責任を問われている。

 どうして、国の年金だけが、毎度のように、このままいったら払えませんなんて、言い訳をして、どんどん給付を下げていくんですか。

 計算の前提がおかしかったことを隠すために、少子化のせいで年金が払えませんなんて、よく言いますよね。制度改革をする時には、調子のよいことを言って、賃金が年間で4%上がるだの、5%上がるだのと言うわけです。

 ところが5年もたたないうちに、思った以上に少子化が進んだと言う。5年しかたたないのに、集まる保険料は想定を大きく下回るわけです。それは、保険料のもとになる賃金が上がらないからです。

 だいたい、5年前に生まれた子供は、まだ5歳にしかなっていないのですよ。5歳の子供に働けというのですかね。年金は確かに100年の計ですが、10年や20年先の財政は、いま、すでに生まれている人間の数で推計できるものです。それが食い違っていることに、どうして疑問を感じないのでしょう。  

 勘助 数学が苦手な人が記者をやっているということでしょう。中学レベルの数学でわかることなのですが、数理の話は難しいと思いこんでいる。考えるのがいやなんですね。

 そんなことをしているから、読者が離れていくんじゃないかな。それとも、読者がその程度だから、マスコミが退廃しているんですかね。

 西郷 まあ、2人で嘆いていても仕方がない。少し、話題を変えましょう。

 その晩、涼風は、ほとんど話をさせてもらえず、食事もろくに手をつけることができなかった。まったく不本意で、ストレスがたまる会合だった。

 涼風の足はなぜか、場末のスナック「かず」に向かった。入社して1年余り、かつてアルバイトをしていた「かず」には行っていなかった。

 「まあ、明日香ちゃんじゃない。いらっしゃい。久しぶりねえ。来てくれてうれしいわ」

 涼風を迎えたママの和美は、大げさな声をあげた。同時に、数人いた客の目線が涼風に集まる。

 背広姿のサラリーマンというより、ラフな格好の自営業者が多い店だ。ジーパンをはいて、女子大生の雰囲気が抜けていない涼風が来る店ではない。

 好奇の視線を感じながら、涼風はほかの客を避けるようにカウンターの隅にすわった。狭い店の中で、顔見知りの常連客がいるのも無視していた。

 「ウイスキーください。ロックで」

 つい、言葉に力が入っていた。肩にも力が入っているのが、自分でもわかる。店に来たことを後悔する気持ちが広がり始める。

 「はい、お待たせ。久しぶりね。元気でやってたってことかしら。きょうは、来てくれてありがとう。ゆっくりしていってね」

 出されたグラスに口をつけて、涼風は肩の力が少しだけ抜けるのを感じた。

 それを待っていたかのように、常連客の山下が声をかけてきた。
「久しぶりに来たと思ったら、ずいぶん冷たいじゃないか、明日香ちゃん。店を辞めたら、おっさんの相手なんてしていられないってわけだ」

 「いいじゃないの。明日香ちゃんはお客として来てくれたのよ。何かいやなことがあったのかもしれないでしょう。少し、ゆっくりさせてあげましょう」

 すかさず、和美が助け船を出してくれる。店では、涼風が毎夕新聞に就職したことは伏せてある。

 時間はすでに10時を回っていた。居心地は悪いが、すぐに出るわけにもいかない。後悔しながらも、ウイスキーをなめていると、それでも少しは酔うことができた。

 「ねえ、ママ、変なこと聞いていいかしら。年金って関心ある?」

 「あるわよ。こんな生活していると、老後のことは心配よ。これでも、きちんと保険料を払っているのよ」

 「そうなんだ。でも、いろいろ問題あるって言うじゃない」

「そうね。まあ、民間の保険会社だっていろいろ使ってるでしょう。立派な本社ビル建てて、保養所だって豪華ホテルみたいだって言うじゃない。社員が飲むのは高級クラブばっかりでしょう。たまにはこんな店にも来てみろっていうのよ」

 「おれはごめんだな。酔っぱらってもネクタイをビシッとしてるようなやつらがいると、酒がまずくなる」

 「そういやあ、明日香ちゃんにつきまとってた斎藤とかって役人いたな。あいつも不愉快なやつだった。この間も来ていやがったけどな」

 話は逸れたが、涼風は、なんとなくほっとした。  1時間ぐらい話をして、アパートに戻った時には12時を回っていた。

 保勤省数理課の三森数馬が飛び降り自殺をしたのは、そのわずか数時間後だった。

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