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薬物依存とHIV感染問題を同次元で捉えるべきではない |
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日本医科大学生殖発達病態学・遺伝診療科 講師
澤 倫太郎
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9月8日掲載のオピニオン「健康診断に尿中のアルコ−ル検査と覚せい剤検査、HIV検査を導入しましょう!」に対して、一言述べさせていただきたいと思います。
まず、そもそも覚醒剤使用は明らかな「犯罪」です。1度、薬物陽性反応が検出されれば、覚醒剤取締法によって逮捕・加罰されることになります。そのような検査を自ら進んで受ける対象が果たして存在するかどうか疑問です。また、「会社でフォローできる」とは、いかなる処置になるのでしょうか。法の眼をくぐって、秘密裏にカウンセリングを行なうような会社や嘱託医師など存在しないでしょう。
また、覚醒剤スクリーニングの問題の1つに検体のすり替えが容易であるといったことがあります。例えば、アメリカでは、メジャーリーグのステロイドあるいは興奮剤に対する抜き打ちテストですら、検体のすり替えとのいたちごっこに終始しているのが現状です。
血中での代謝速度の速いアンフェタミンの検出方法は、検体である尿中の代謝最終産物をターゲットにして開発されてきました。つまりは血液検体とは異なり、尿検体のすり替えは容易なのです。犯罪回避のためのすり替えを前提にすると、もともとの健康診断そのものが成り立たなくなる怖れさえ出てきます。
方法論はともかく、確かに薬物汚染は、われわれ医療者が真剣に向き合わなくてはならない社会現象だと思います。だからといって、薬物使用やアルコール依存の問題と、HIV感染の問題を同次元に捉えて議論することに関しては反対です。
例えば、妊婦健診にHIV検査を加えることが社会的に認知されたのは最近のことです。この検査が社会的に認知された理由は、被験者に対するベネフィット(利益)が明らかになったからです。そのベネフィットとは、生まれてくる新生児への垂直感染の影響が非常に重篤であることが大規模調査で判明し、最近ではHIV陽性のカップルに対しては配偶子を洗浄してウイルスを除去し、体外受精−胚移植する技術が一般化されてきた、といったことです。それゆえ、妊婦たちもHIV検査の有用性を理解して検査に同意してくれるようになったのです。しかし当然、この検査をするにあたっては一人ひとりの書面による同意が必要になってきます。
手術前のHIVに対するスクリーニング検査も、2次感染防止の意味からコストは病院側が負担して行い、尚且つ、一人ひとりの検査同意書を書式でとってから行っています。そうした現実を理解していただきたいと思います。
エイズ先進国であるアメリカであってさえ、HIV感染者への「見えない差別」は深刻です。ブルース・スプリングティーンが書き下ろした主題歌「ストリーツ・オブ・フィラデルフィア」(アカデミー主題歌賞受賞)が印象的な映画「フィラデルフィア」(ジョナサン・デミ監督、トム・ハンクス、デンゼル・ワシントン主演、1993年)で描かれるHIV感染者への不当な差別の問題は、日本ではおそらく映画化すらできない題材でありましょう。
HIV陽性が判明した被験者または無症状のキャリアやその家族に対して、生涯を通じたフィジカル、メンタル両面のサポート体制も全く未整備のままのわが国において、職場での健康診断でHIV検査が可能なほど、日本におけるHIVの理解度は熟成されていない、と最後に付け加えさせていただきたいと思います。
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