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(掲載日 2005.12.20)
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■3名の主力研究員の渡米の意味するもの

 ヒトを含む霊長類の体細胞クローニングがマウスやラットなどの動物に比べて困難なのは、卵子の核移植の作業中におこる物理的な損傷が原因ではないかと思われてきた。韓国研究チームは「そっと搾り出す核移植法(soft squeeze法)」を用いて、この難題をクリアした。

 この方法の開発には研究チームの主力研究員である胚培養技術者・ソウル大学獣医学部の修士卒業の朴ウルスン(29)氏の技術貢献が大きかったとされる。ネイチャー誌の指摘の渦中の最中、朴氏を含め、朴氏と同じく研究メンバーのミズメディ病院出身の朴ジョンヒョク(36)、金ソンジョン(34)両博士の、3名の主力研究員は渡米し、共同研究者である米ピッツバーグ大学のジェラルド・シャッテン教授(発達学)の研究室に留学するという形をとった。

 3名の韓国研究者の協力を得たシャッテン教授は2004年12月、同じ技術を用いてアカゲザルを用いた ES細胞樹立に成功。その成果を、デベロップメンタル・バイオロジー誌に発表した。

 このサルのES細胞株の樹立は大きな意味をもつ。ES細胞はどんな臓器細胞にも分化できる能力をもつ細胞と定義される。それが万能細胞と呼ばれる由縁であるが、これを証明するためには、ジャームライン、つまり生殖細胞に分化することが証明される必要があるのだ。たとえばマウスの場合、尻尾からとった体細胞からつくられたES細胞でキメラマウスをつくり、この個体同士を交配させ、子供を作れるかどうかの確認が必要だ。

 しかしヒトES細胞での実験は、クローン個体の作成にもつながるために、事実上許されない。そこで、このジレンマを解消するためにも、ヒトの近親種である霊長類による実験系の確立が、ソウル大学のヒトES細胞株の正当性を実証するためにどうしても必要だったのである。

 翌2005年5月には「糖尿病など合併症のある患者の皮膚細胞を材料にした体細胞クローン」から11株のES細胞を樹立したとする論文を、同じくサイエンス誌に発表した。2005年8月には「世界初のクローン犬誕生」をネイチャー誌に発表。ES細胞樹立と併せ、幹細胞の治療効果確認の実験系を完成させたと報告した。

 この時点で、黄教授は、高等哺乳類のクローン化、サル・ヒトなど霊長類の核移植ES細胞の樹立を成功させ、国内的には、ネイチャー誌からの疑惑を払拭した形となった。韓国メディアは「世界のクローン王」「ノーベル賞に最も近い英雄」という形容で教授の偉業を褒め称えた。

 2005年10月にはソウル大学に設立されたES細胞バンクの所長に就任。併せて、米英両国にもサテライトを設立することを表明した。会見には慮武鉉大統領も声明を出し、国家事業としての後押しを約束した。

 しかし、細胞提供が有償であったことに、世界中の多くの科学者は内心驚いたのである。2000年3月にウィスコンシン大学の初のトムソンES細胞バンクを例にあげるまでもなく、国際的細胞バンクからの提供は無償というのが、国際間の暗黙の取り決めだったからだ。

■「神話を守れ」韓国ブログが炎上

 頂点を極めた黄教授だが、この時点で、すさまじい転落劇はすでに幕を開けていた。

 2005年5月に論文をサイエンス誌に発表した際、前年ネイチャー誌が指摘して以来、くすぶっていた不適切な卵子寄贈疑惑が再燃。2005年11月12日には、共同研究者のシャッテン教授が突如、卵子の入手方法に倫理的問題があったとして、黄教授チームとの協力関係を終えると発表した。

 困惑する韓国世論に追い討ちをかけるように、ネイチャー誌は11月17日号で「規制機関よ、立ち上がれ(Will the regulator please stand up)」というタイトルで、真相を明らかにしない研究者と韓国政府の姿勢を名指しで批判する論説記事を出した。

 韓国研究グループや韓国保険福祉部(日本の厚生労働省にあたる)が「倫理的問題はなかった。法違反もヘルシンキ宣言の抵触もなかった」と釈明に躍起になる中で、韓国の大手テレビ局「MBC」が、このデータ捏造疑惑を、なかば強引な取材方法をもって報道し、韓国国民に衝撃を与えた。

 そして、11月25日、黄教授は、ついに、研究員の卵子の使用と、一部の卵子提供者に実費相当の金銭授受があったことを認めたのである。黄教授は謝罪し、細胞バンク所長の辞任を発表した。

 これを受けて、今度は、実質的に韓国最大のメディアであるインターネット・ブログ空間が、文字通り「炎上」した。国民的な英雄である黄教授を擁護する人々からの反論が相次いだのである。MBCの掲示板には「制作会社を国家保安法で処罰せよ」「多大なる国益の損害」の書き込みがあふれ、超党派の国会議員による黄教授救済協議会が発足。研究・治療目的のための卵子寄贈を支援するポータルサイトでは、500名以上の女性が「卵子提供同意」の意思まで示したのだった。

 こうした黄教授擁護論が過熱するにつれ、MBCからのスポンサー降板が相次ぐ。事態を沈静化させるため、大統領府が「もっと冷静に」という声明を出さなければならない状況にまで陥ったのである。

 一方で、このブログ炎上に冷たい視線を投げかけていたのは欧米メディアであった。ワシントンポスト、ニューヨーク・タイムス、ル・モンド、フランクフルト・アルゲマイネなどの欧米の主要各紙が、韓国国内の混乱を取り上げ、「メディアが真実を伝えないために国民が混乱している」と報じた。クローン犬「スナッピー」を今年最高の発明品と報じ、一杯くわされた感のある「タイム」誌だが、これに対してCNNは11月24日、「Now Hwang finds himself in the dog house(今や黄教授自身が犬小屋に=今や人気失墜した黄教授、の意)」とアイロニカルに論評したのだった。
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